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有間は口角をひきつらせた。
「これ! カーニバルで店を出す時はこれを着て!」
「……マジでか」
去年までそんなのは全然無かったじゃないか!
叫びそうになった口を咄嗟に手で塞ぐ。
そんな有間の前で小劇場の看板女優サニアは、可愛らしい服を揺らした。
フリルや柄などは、有間の趣味を考慮して控え目だが、レースがふんだんに用いられ、ふわふわとしたスカートは恐らくは膝上までしか無い。
隣にいる有間と同じ年の女優のココットも、それに合わせた柄を施された長い靴下やヒール、長く白髪のカツラを手にしてにこにこと笑っている。
それらは全て、有間にサイズを合わせて用意された物であった。
「……それを、うちが」
服を指差し、自身を指差し訊ねると、二人は大きく頷いた。
「ほら、もう十六歳なんだから! たまには女の子らしくしないと勿体ないわ」
「お化粧なら私達がしてあげるから、ね?」
ええええ……。
嫌だ。
もの凄く嫌だ。
今更自分が女らしく?
――――想像するだけで反吐が出そうだ。
悪寒を覚えた有間は自分の身体を抱き締めるようにさすった。
そこで、サニアが嫣然(えんぜん)とした微笑みを浮かべて有間の手を持ち上げたのだ。
あ、嫌な予感。
冷や汗が流れた。
「な、何でしょう、か」
「ちゃんとサイズが合ってるか確認したいから、今から着てちょうだい」
「ごめん被ります!!」
即座に否定するが、サニアは笑顔で圧力をかけてくる。
――――余談だが、このサニア。
小劇場の役者の中でもとびきり腹黒で、常連の間では有名な話であった。
そんな彼女に、有間が勝てる筈もなく。
「有間」
「……あい」
首を縦に振った彼女の顔は、この世の終わりであるかのように青ざめていた。
‡‡‡
……化粧臭い。
自分自身に吐き気がする。
女優や裏方の女性達――――総勢十一人――――によって揉みくちゃにされた有間は、どっと重い疲労感に襲われながら、何とか帰宅した。
ただ化粧と香水がそのままなだけだ。
だのに、途中酔っ払いに尻を触られるし、チャラチャラした男にしつこく声はかけられるし……化粧して良いことなんて一つも無いじゃないか。
玄関に入ってすぐその場に屈み込み、何処かの不良のように肘を膝に乗せて長々と吐息を漏らした。
そんな彼女の帰宅にリビングから出てきて迎えたティアナは首を傾けた。
「どうしたの? アリマ。何だかすっごく疲れてるようだけど……」
「女って…………マジ怖い」
「は?」
何事かと訊ねようとしたティアナは有間に歩み寄り、あっと声を発した。
「アリマが化粧してる!?」
声を張った後、彼女は目を輝かせて笑顔になる。
……嗚呼、ここにも怖い女がいた。
彼女に背を向けてドアに額を当てて張り付く。
ティアナもまた、女らしくしない有間を着飾らせたいと思っていた訳で。
「よく見せて! アリマ!」
「嫌です」
子供のようにはしゃいで化粧を施された有間の顔を何とかして見ようとせがむ。
しかし、有間は気怠げにしながらも、しっかりと拒絶した。
ティアナの声にマティアス達も何事かとぞろぞろと開け放たれたままの扉から出て来た。……いや、有間が化粧をしているという言葉に興味を持ったのかもしれない。
「ティアナ、どうしたんだ? アリマが化粧をしていると聞こえたが……」
「そいつ女なんだから化粧くらいするだろ。そんなに驚くことかよ?」
有間ははあぁと吐息を漏らして首を巡らせた。
じとりと動物達を睨みつけると、喜ぶティアナと違って彼らは途端に固まった。
ややあって、ルシアが一言。
「……化けた」
「うちは妖(あやかし)か」
「落としてくる」と立ち上がると、ティアナが肩を掴んだ。
「アリマ!」
「言っとくけどティアナの服はサイズが合わないからね。主に胸が」
どれだけの差があると思ってるんだ。
至極残念そうに肩を落とすティアナを恨めしそうに見やり、有間は鞄を壁際に置いた。
するとしげしげと有間を見つめていたマティアスが、
「そうしていると、年相応の女に見えるな」
「その所為で帰ってくるまで災難続きだったんだけどね。ケツ触られるわナンパされるわ……化粧なんて厄を呼ぶだけじゃんか」
「ぶっ」
アルフレートが噴き出した。
「え、何」
「……い、いや。何でもない。気にするな」
「女がケツと言うな。アルフレートはそれに驚いただけだろう」
誤魔化すように口を挟んだマティアスは、有間に風呂を入るように勧める。
「何で。顔洗えば良いだけじゃん」
「良いから、水浴びくらいはしてこい」
有間は渋面を作った。面倒臭いと、顔にありありと書いてある。
されどティアナにも強く勧められて、渋々と従った。
「んじゃあ、化粧落として浴びるだけ……」
「そうしろ」
そこで何故か、マティアスは俯くアルフレートの背中を前足で軽く叩く。
首を傾げる有間に、ティアナは慌てたように声をかけた。
「あ、ご飯はちゃんと待ってるから。ゆっくり落としてね。肌を傷つけないように!」
「……適当で良いんじゃ」
「駄目!! 肌綺麗なんだから、勿体ないわ」
「……分かった」
承伏しかねた風情で有間は頷いた。
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