13
家に帰る頃には、ティアナも頭を切り替えて平常通りに振る舞っていた。
夕食を作ってルシア達の前に皿を並べる間も、いつもの花のような可愛らしい笑顔だった。
有間はテーブルに座って紅茶を飲みながら、彼女の様子を眺めていた。
食事中も、彼女に気付かれないようにちらちらと覗き見る。
この国が戦禍に呑まれた時、有間自身どう動くのか分からない。
ティアナだけを連れて逃げ出すのか、疎まれる覚悟を持ってティアナやベリンダ達の為に《両手》を駆使して町を守るのか――――。
幾ら居心地が良くても、市場でティアナ達に共感出来なかった自分が、その時カトライアを守ろうなんて思うだろうか?
父親に得物に向けることになるかも知れないのに?
敵として父親と対峙するなんて、想像も出来ない。
カトライアは大好きだ。平和だし、居心地が良い。
けれども捨てざるを得なければ簡単に割り切れるだろう。否、むしろすぐに捨てると言う選択を選ぶかも知れない。父親と戦うくらいなら――――と。
カトライアやティアナ達を捨てたって平気、の筈だ。……多分。
だって自分は故郷も友達も捨てているのだもの。
戻ろうと思えば、昔に戻れると思う。性格は鷹揚になっても、馴染んでいても……そうであって欲しい。
平和が一番。
そう思うのも本心だ。
穏やかな国に、ティアナの側にヒノモトでは無かった安堵を得ていたのも事実。
……今の自分が、ちょっと分からなくなってる。
途中から、彼女は上の空だった。
「ふ〜、食った食った。今日のメシも中々美味かったな」
エリクの満足げな声にはっとして慌てて料理を口に運ぶ。
気付けば有間以外、皆完食してしまっていた。
「うん! 食後のケーキも絶品だったよ! ありがとう、ティアナ!」
「ふふ、喜んでもらえて良かった」
有間はまだ食べ終わっていないから、ケーキは置かれていない。
これは突っ込まれる前に急いで食べてしまわなければ。
あまり噛まずに嚥下していった。……ティアナにキツく咎められた。
「あ、そう言えばさっき聞いたんだけど……知ってる? ファザーンの王子さまが、四人も行方不明になってるんですって」
……ぴし。
空気が凍りついた。
黙りこくった動物達に、ティアナは緩く瞬いた。
ややあって、
「へ、へぇ〜? そうなんだ。あ、そうだ。オレ、部屋で食後の運動するわ。じゃあな!」
震えた声を出したルシアは、羽をひらりと振るとそそくさと逃げるように出て行ってしまう、
戸惑ったティアナが呼び止めるけれど、その後にやけに緊張したマティアス達も逃げた。
二人だけになって、顔を見合わせる。
「どうしたのかしら……なんだか、今の話は触れられたくないって感じだったけど……」
「船を沈めた犯人と関係があったりして」
「……そんな訳ないと思うけど」
「うん。一番有り得なさそうなことを言ったつもりだもん」
フォークを軽く振って食事に戻る。
ティアナは苦笑を浮かべ、有間の前の椅子に座った。
暫く沈黙していたけれど、唐突に真顔になって、
「……アリマ。もしかして悩んでたりする?」
「ん?」
ああ、突っ込まれた。
「悩みは無いなぁ。ただ、ここが戦渦に巻き込まれたら故郷みたくなるんだろうなあって、ヒノモトでのことを思い出してた」
中途半端に嘘をついて言いくるめる。
ティアナがまた何かを言う前に話をすげ替えた。
「で、明日行くの? 薬屋」
「……う、うん。アリマは明日から仕事?」
「そうなるね。連休貰っちゃったから暫くは休み無しになるかも。あ。今年のカーニバルはどうするかまだ分からないかな。小劇場の催しによっては店を出さない方が良いかもしれないし、もしかしたら夜に店を、ってことにもなるかも」
「えっ、夜に? 去年までは昼にしていたじゃない」
「夜はカップルが多いからー」
稼ぎ時、と笑って言うと、「駄目!」とティアナが立ち上がった。
「また誘拐されちゃうじゃない! カーニバルの時が一番誘拐されかけてたのに!」
「それは、泣き落とししてたからだよ。うちももう良い歳なんだし、男装だってしてるんだから大丈夫だってば。……ああでも、この話はクラウスさんには秘密にしといてね。絶対何か言ってくると思うから」
承伏しかねるような彼女を見上げ、有間は顎を撫でた。
誘拐されかけたのは数えるのも億劫な程だ。けれども今ではめっきり無いのだから、いい加減安心してくれても良いと思う。この歳になって泣き落としなんかしないし。
「夜は駄目だからね! 絶対に!!」
「あ、これちょっと塩入れ過ぎなんじゃないかな」
「聞いてる!?」
「右から左に流れてってる」
「〜〜っ、アリマ!!」
「きゃーこわーい」
けらけらと笑い、パンをかじった。
話は完全に逸れた。
これで今この場で追求されることは無いだろう。
ほっとしつつ、有間は別の料理に手を伸ばすのだった。
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