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「先日の報告についてだが、邪眼一族についてお前は何か知っているか」


 玄関にて、クラウスは訊ねた。

 有間は目を細め、緩くかぶりを振って否とする。


「邪眼一族については、ほとんどの人間は知りませんよ。身体の何処かに第三の目があって、ヒノモトとは違う術式を扱う異端の種族(バケモノ)――――うちらみたいな一般人はそんな認識しかありません。邪眼一族の術には、一流の術士も手こずると思います」


 ほとんど絶滅したに等しい種族なんですが。
 さらりとついた嘘の最後にそう付け加えて、有間は肩をすくめた。


「ルナールが邪眼一族の者を傘下に加えているのなら、身の振り方はもう少し慎重に考えた方が良い。仮に呪詛の類を法王陛下にかけられたとしても、うちでは対処しきれません。そういった最悪の事態は最低限避けるべきでしょうね」


 有間の言葉にクラウスは思案する。眉間に皺を寄せて、難しい顔だ。
 ティアナには部屋にいるように言ってはいたが、マティアス達は聞き耳を立てていることだろう。が、残念ながら術で遮断しているので聞こえはしない。遮断しているからこそクラウスも玄関で話すことを容認しているのだ。
 後々マティアス達に訊かれたところで、答える気もさらさら無い。


「邪眼一族に関しては、うちは勿論、ヒノモトの人間は教えることが出来ません。交流はないですし、むしろ厭われている存在だもの。生体を詳しく知っている人間はほぼ皆無です」

「……そうか。分かった。そのように法王陛下に報告しておこう。すまなかったな」

「いいえー。中途半端な協力しか出来ませんで、すみませんでした」


 頭を下げるとクラウスは有間の頭にぽんと手を置いた。


「いや、相手が分かっただけでも大した成果だ」


 軽く叩くように撫で、彼は扉に手をかける。


「また後日訊ねることが出来るかもしれん。その時も、頼む」

「分かりましたー」


 ひらりと片手を振って、有間は手印を切る。
 氷を割るようなと音がした直後、空気が変わった。
 有間は手を解くとリビングに入る。


「ティアナ、もう終わったよー」


 リビングのソファでエリクを膝の上に載せ、その頭を撫でていたティアナは有間の言葉にに頷いた。エリクを床に下ろして財布に入った鞄を持って立ち上がる。


「じゃあ、買い物に行こっか」

「了解ー」


 有間はくるりと身体を反転させた。



‡‡‡




「で、後は何買うの?」

「ええと、マティアスには分厚いお肉、エリクには甘い物で……」


 両手一杯に食材を抱えた有間は、うえ、とえずくような素振りを見せた。


「重そうな物が残ってた……」

「でももうちょっと買えば終わるわ。帰りは私もちゃんと半分持つから、ね?」

「いや、うちが荷物持ちなんだからそこは別に良いんだけどさあ。金本当に大丈夫なの?」


 ティアナは首肯した。
 けれども有間は猜疑のこもった眼差しをティアナに向ける。これだけの量、かなりの額になる筈だ。そんな簡単に消費して良いんだろうか。効果の程は予測不能なのに。

 もっと慎重にやれば良いのにと胸の内でぼやいた有間は、不意に前方から見慣れた少女が歩いてくるのに声を漏らして足を止めた。

 それはティアナも同じだ。

 相手は五メートル程手前でようやっと二人に気が付き小走りに駆け寄ってきた。


「ティアナ! アリマ!」

「ロッテ!」

「こんばんはー」


 有間が一礼すると、彼女はふふふと笑って真っ白な頭を撫でた。
 それから有間の抱える荷物の量に、軽く驚いた。


「すごい量ね。夕食の買い出し?」

「食べ盛りがたくさんいるから」

「ふふ、確かにあのライオンさんは、たくさん食べそうね」


 思い出し笑いを浮かべるロッテに、ティアナも口角を弛める。

 けれどもロッテは何かを思いついたようにはっとして「それよりも聞いた?」と声をほんの少しだけ潜めた。同時に眦も下がった。


「どうもお隣のファザーンが、大変なことになってるらしいんだけど」

「え? ファザーンが?」


 先日国王が死んだばかりなのにまだ何か遭ったのだろうか。
 目を瞬かせるティアナに、彼女は頬に手を当てて物憂げに吐息を漏らした。


「この間、国王陛下が亡くなられたばかりなのに、今度は四人の王子様が行方不明なんですって」

「ええ? 行方不明!?」

「なんでも、殿下たちが乗っていた船が沈没したそうよ」


 その事故があったのは一週間前。
 それでも発見されていないのであれば、生存は危ういだろう。
 暗く沈んだ空気に、有間は後頭部を掻いた。

 ティアナやロッテは優しい。
 それにここはファザーンの属国カトライアだ。
 二人が沈痛な面持ちになるのも分からないではない。
 けれども結局有間は余所者で。大変だなとは思うものの、二人のように同情を寄せたりも出来なければ胸を痛めることも無い。

 二人の会話を黙して聞いていることに徹した。


「でも、国王陛下の跡を継ぐはずの王子たちが四人も行方不明になるなんて、一体ファザーンはどうなるのかしら」

「クラウス兄さんの話では、第五王子のディルク殿下がご無事だそうよ。でもまだ十四歳でずいぶんお若いみたいだけど」


 ……こっちじゃ成人年齢なんだけどな。初陣も迎えるだろう年齢だ。
 こちらと八歳の娘が城督になったっていう話もあるヒノモトとでは、やっぱりだいぶ違う。


「ファザーンのことも心配だけど、兄さんが、もしかしたらまたルナールとの戦争が始まるかもしれないって」


 有間の眉が動く。


「え? 戦争が……!?」

「私もよく分からないけれど、ルナールに、そういう動きがあるんですって。二十年前の戦禍から、ようやく今の綺麗な町並み戻ったばかりだし、杞憂であって欲しいけれど……」


 カトライアはティアナも生まれる以前にルナールとファザーンの領土争いに巻き込まれ、今の姿とは想像も付かない程の惨状となり果てたそうだ。
 それからようやっと立ち直ったこの町が、再び戦渦に巻き込まれて有間の故郷のようになってしまうかと思うと、さすがに胸も痛んだ。小さな頃から戦禍を体験してきただけに、これに関してはカトライアに愛着は薄くともティアナ達よりも痛みを感じる。

 それからロッテと別れて速やかに買い物を終わらせたティアナは、ずっと暗鬱とした表情を浮かべていた。

 有間は何も言わず、さり気無く側に寄り添って家路を辿った。



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