「すみませんねえ、薬草採取のところわざわざ送っていただいて」

「良いんだって。これも何かの縁だしな」


 有間が女の子だと分かってから、青年――――シルビオの態度は幾らか変わった。

 暫く他愛ない話をしていたのだけれど、有間がさすがにそろそろ帰った方が良いかと思って話を打ち切ると、暗いから家の近くまで送ると言ってきたのだ。
 勿論断ったのだけれど、彼はしつこく食い下がり、最終的に有間が折れた。

 人々が足早に家路を急ぐ町中を歩きながら隣に並ぶシルビオを見上げる。
 彼は、ティアナが金の粉を買ったあの薬屋の店員なんだそうだ。魂魄の違和感も相俟(あいま)って、疑念が有間の中で膨れ上がる。
 まあ、今のところ害が及びそうな様子は見当たらないし、下手なことは訊ねない方が良さそうだ。


「しっかし、お前何でキンバールトの森に? 夜中にふらりと行くような場所じゃないだろ?」

「企業秘密でーす。乙女は秘密が多いんでーす。アンニュイな気分になることだってあるんでーす」


 へらへらと笑いつつ、しっかりと拒絶する。

 シルビオは特に何も気にせず、「じゃあ、良い」とすぐに話を終えて、有間の占いについて触れた。ヒノモトの占術について訊ねられて、なるべく分かりやすく説明する。流派によって色んな法則、或(ある)いは占術が存在するんだと最後に付け加えれば、面倒そうだと顔を歪めた。まあ、全てを網羅しようとすれば面倒どころでは済まないだろう。そんなことが出来るのは有間の父、狭間くらいだ。


「――――ああ、この辺りで良いですよ」


 足を止めてぺこりと頭を下げた彼女は小走りにシルビオを追い越して、ティアナの家に向かう。

――――が、その玄関の扉が開かれそこから現れた人物にくるりと方向転換して一目散に逃げていくのだ。

 眼鏡をかけた青年だったのだが、彼は有間の名を呼ぶと逃げ出した彼女を追いかけた。

 シルビオはその様子を面食らったようなかんばせで暫く見つめていたが、やがてくるりときびすを返して薬屋へと帰っていった。



‡‡‡




 運が悪いとしか言いようが無い。
 まさか、クラウスが手紙のことで有間を訪ねていたとは思わなかった。

 ティアナに心配をかけるなと玄関で散々にどやされ、おまけに拳骨まで喰らった。

 鈍く痛む頭頂を押さえ、有間は嘆息した。
 ちなみに、 ティアナはクラウスの後ろで、機嫌悪く唇を引き結んでいる。先程助けを求めて視線を向けたけれど、取りつく島も無かった。


「酷おすなぁ、クラウスはん。いけずせんといてぇな、もう」

「その度々変わる方言をどうにかしろ。まったく……何か遭ったらどうするんだ」

「いやいや、優しい青年が送ってくれましたよ。無事に」


 また拳骨。


「だから……この前も知らない人間と二人きりになるなと言っただろうが」

「名乗り合ったから知らない人間じゃありませっだあぁ!!」


 三度目。
 さすがに頭を抱えてその場にうずくまった有間は、唸り声を漏らす。

 それから痛みが落ち着いた頃に、言い訳がましく「仕方ないじゃないですか」と唇を尖らせた。


「使い慣れない術で、結構精神的な負荷がかかってるんですもん。その所為で眠れないし、少し歩いて気晴らしになるかなーって思ったんですよ」


 頭を撫でつけつつ、はあと溜息をつく。
 勿論、ほとんど嘘だ。本当のことを混ぜてつく嘘程、信じられやすい。

 クラウスは眼鏡の奥で目を細めると、有間よりも深い溜息をついた。


「……仕方がない。また明日訪ねる。話はその時だ」

「え、今からで良いじゃないですか。今のところ落ち着いてますよ、精神の方は」

「今のお前の言葉程信用出来ないものは無い」

「酷っ」


 ぽん、と頭を撫でられる。
 クラウスはしっかり休むようにと言い聞かせると、そのままティアナに有間のことを強く頼んだ。

 ティアナは二つ返事で頷いて有間の手を引く。多分、彼女からもこの後説教を喰らうだろう。

 幻術でもかけとくんだったなあと、少しだけ後悔しつつ、家を出ていくクラウスに軽く会釈した。

 クラウスが扉を閉めてから暫く経つと、リビングからぞろぞろと動物達が現れる。エリクが有間の足下に立って脛に前足をぴたりと当てた。ティアナに手を離してもらって屈めば彼は今度は服をちょいっと引く。


「アリマ、何処に行ってたの? 皆心配してたんだよ」

「ん。ちょっとキンバールトの森にねー。行き慣れた場所だから別に危険は無いって」


 エリクの頭を叩くように撫でると有間はふらりとティアナから逃れるように、身体をやや捻りつつ階段へと立った。
 ティアナの制止の言葉ににこりと笑って片手を振って足早に二階に上がった。

 向かう先はベランダだ。
 手摺りに腰掛けて表情を消す。


「……まあ、少しは楽になったかな」


――――そう、少しだけ。
 落ち着いた頃に記憶がぶり返してしまいそうなのはまだ変わらない。
 こんな状態では占いに集中出来ないだろう。二日休むと小劇場の主には言ってあるが、ちょっと、明日も休ませてもらおう。朝早く小劇場に向かうか。

 だが問題はその後だ。上手く切り替えられたら良いのだけれど。
 がりがりと後頭部を掻いて舌打ちする。

 そうして、ふと屋内に目を向けた。


「……えーっと、何やってんの?」


 尻尾出てるけど。
 そうツッコんだ直後、灰色の尻尾が引っ込んだ。


「バレバレー……」


 彼は出てこようとはしない。
 有間は苦笑し、灰色の尻尾の持ち主の名を呼んだ。



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