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ティアナは、有間が《両の掌》を使うことに良い顔をしない。
今回のことも勿論協力を快く引き受けてくれたけれど、本当に良いのかと重ねて確認してきた。
クラウスも見ないことになっているし、術を施す場に立つのは有間とティアナだけ。特に問題は無いだろう。
マティアス達が同行をせがんだが、これは邪魔だし集中出来ないと嘘をついて拒んだ。
彼らには、この力を見せてはいけない。
見せてしまえば彼らはティアナの家に居辛くなるだろう。……まあ、そうなれば最悪有間が家を出ていれば良いのだし。ティアナを一人にするのは非常に心配だけれど、術でもかけておけば良いだろう。とびきりえげつない術を。
「クーラウースさーん。あーそびーましょー」
「その無駄に媚びた声を止めろ。誘拐されたいのか」
ローゼレット城の城門の前に立っていたクラウスを見つけるなり有間は《可愛らしい》声を上げて諸手を振った。
クラウスは眼鏡を押し上げながら二人に歩み寄ってくる。合流すると有間の頭を軽く叩いた。
「誘拐されたのは昔の話だってば。今はそれなりに強くなってるし、何より今は少年っぽく見えるでしょ」
「……お前の思考には頭痛ばかりだ。少年に見えるからって誘拐されないと思うな」
「あ、こないだ良く効く頭痛薬貰ったんですけど使います? でもイヤンなことは男女でしか出来ないじゃないですか」
「こいつは、本当にヒノモトの人間なのか……」
クラウスは有間の頭を再び叩いてうんざりとした風情で、嘆息する。
――――これは余談であるが。
ヒノモトでは、男性同士の恋愛……つまり衆道が昔から存在する。
それは戦前後陰の気を持つ女は男の側には寄れぬと言う暗黙の掟により、武将間で始まった一種の文化であり、ヒノモトの特色の一つとしても有名である。勿論、この広い世界、国を捜せばヒノモト以外でも同種の趣味を持った者などはいるのだが。
が、有間は父親に《至極大切に》育てられているので、ヒノモトに生まれていながら衆道のことは全く知らないでいる。
ヒノモトにいた頃書物で衆道と言う言語を見つけたが、意味が分からず父親に訊ねたところ、嘘八百を並べられ分からないままで良いと、十六の今まで父の言葉に従い調べることをせずそのままだ。
誘拐されかけたというのも大半はそれだったりするのだが、本人はそれには気付いていない。
以前父親が知らなくて良いと断じたことを指摘されているなどとは夢にも思わない有間は、馬鹿にされたように思って唇を曲げた。
「ヒノモト人ですよー。失礼な」
「俺の知るヒノモト人とは違う」
「どうせ書物で得た知識でしょ。百聞は一見に如かずですよー」
「まあまあ……」
取り敢えず用事を済ませようとティアナが苦笑を浮かべつつ有間の袖を引っ張った。
有間は「あ、そうか」と当初の目的を思い出し、クラウスさんを見上げた。
「確か、お城の地下……でしたっけ?」
「ああ、そうだ」
クラウスはそこで思考を切り替え、身体を反転させた。こちらだと、城の中へと入っていく。
有間はティアナの手を引いて彼を追いかけた。
城の敷地内は何度も歩いたが、城内に入るのは初めてだ。
クラウスの姿を見失わないように、かつ城の様子を眺めながら有間は色とりどり花に彩られた城内を歩く。
花の城――――そう言っても良いくらい、外も中も花で一杯だ。
異国の城の中という新鮮な場所に、好奇心が掻き立てられる。けれども仕事だからと必死に抑えた。
城の奥まった場所にまで進んだクラウスは、厳重に閉ざされた両開きの扉の取っ手にかけられた錠を手に取り、鍵を刺した。
じゃらりと、取っ手を拘束していた鎖が外れ、ぶらりと垂れ下がる。
クラウスはそれを巻き上げて錠ごと片手に持つと有間達を一瞥して扉を開けた。
扉の向こうは階段になっていた。灯りは点いていない。奥はまったき闇だ。果てが全く分からない。
一段降りたクラウスが有間を呼んだ。
頷いた有間が掌に灯を点して、その中から数羽の小鳥を生み出す。火で形成されたそれらは有間の周囲、前方を飛んで辺りを照らした。
ティアナはその様に簡単の吐息を漏らす。
「……クラウスさん。最初から照らしといて下さいよ。来ること分かってたのに」
「最初は俺もそのつもりだったんだがな。……手が放せなかったんだ」
「あー……」
それは、仕方がない。
有間は苦笑してクラウスに労いの言葉をかける。
クラウスは城の人間に良く頼られている。
それこそ、理由にされると何でも許せる程に。
「じゃあ、しょうがないですね。ちゃっちゃと終わらせましょうか」
有間はそう言って、ティアナの手を引いて走り出す。
ティアナは悲鳴を上げた。
「ちょっ、アリマ! 走ったら落ちちゃうわ!」
「大丈夫大丈夫、ティアナは軽いからうちなら受け止められるよ。…………多分」
「多分……!?」
「いや、最近どうもティアナの肉が増長したような……特に胸」
一旦立ち止まってティアナの胸を見ると、彼女はぼっと顔を赤らめて空いた片手で胸を隠した。
「そ、それはアリマでしょう!? ――――って、アリマも恥ずかしがるくらいなら言わないの!」
「お前達、俺がいることを忘れていないか」
「ほらほら、クラウスさんの妄想の種にどうぞっ!」
「赤い顔で言うな!」
拳骨を落とされたのは、言うまでもない――――。
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