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静かだ。
先程まで熱気に浮かされた闘技場には、誰一人として言を発する者は無かった。
ヘルタータの額に長巻を突きつけていた有間は司会に話しかけ、にっこりと笑いかけた。
その後ろではアルフレートがジギスムントの武器を破壊し、咽元に剣を向けている。ジギスムントは、茫然と座り込んでアルフレートを仰ぐ。
それから暫し。
「し……勝者、アルフレート&アリマ!! あのシングル九十九戦無敗の男を秒殺する、恐るべき新顔の登場です……!」
気を取り直した司会の声に、再び周囲は沸いた。
そのどれもが、アルフレートへの賞賛と驚きの言葉ばかりだ。
有間はジギスムントの掴んだ鎖に続く鉄球の残骸を一瞥し、身を翻した。
足早に控え室の方に戻ると、慌てた風情のアルフレートが追いかけてくる。それに構わずに控え室すらも過ぎて受付の前に立つ。
すでに連絡が行っていたのだろう受付の女性はにこやかに有間達を労(ねぎら)って賞金を渡した。
それに礼を言って、さっさと闘技場、そして城を出る。
二十万ネルケ。ちゃんと持って帰らなければ。……使わずに。
「これでティアナも喜んでくれるかな」
「アリマ!」
張り上げられた声と共に腕を捕まれて後ろに引かれる。
「うおっ」と野太い声を上げて後ろに仰け反ると、後頭部をアルフレートの胸にぶつけた。
彼は有間の顔を覗き込むと安堵したように微笑んだ。
「どうかしましたー?」
「いや……闘技場を出る前に顔色が少し悪かったように見えたんだ」
「顔色? いいや、別に体調も何も悪くないけど」
「そうか、なら良いんだ」
アルフレートは有間を放すと、彼女の頭をそっと撫でた。
「しっかし、君強いんだね。思ってたよりも」
「ああ。これしか取り柄が無いからな。だが……やはり筋力が落ちている。早く呪いを解いて、人間の身体で鍛錬し直さなければ」
「男って良いねえ。鍛えれば鍛える程強くなれるんだから」
けれども女は、そうもいかない。
成長するにつれ膨らんでいく胸が邪魔をするし、男性程膂力(りょりょく)はつかない。
常人よりも身体能力に優れた邪眼一族であっても、男女の差は激しかった。
別に武人としてとかそんなことは思っていないけれど、こうも男女の差を見せつけられると少々悔しい。
長巻を見下ろしていると、ふとアルフレートが、
「なら、今度オレと一緒に鍛錬でもするか?」
「いや、それは遠慮しておく」
アルフレートの鍛錬に付き合うのは嫌だ。絶対に疲労が半端ない。
即座に拒めば彼はちょっとだけ気落ちしたような風情で「……そうか」と。さすがに悪い気がしたけれど、言葉は撤回しない。
「それよりも、時間は大丈夫?」
「……あ、ああ、そうだな。そろそろ効果が切れそうだ。早めに帰ろう」
「了解――――と」
足音が、聞こえる。
有間は首を巡らせて口端をひきつらせた。
「……あの人達……!」
「ん? どこかで見覚えのある顔だな」
ジギスムントだ!
トラウマが蘇って有間は咄嗟にアルフレートの手を掴んで走り出した。
こちらに走ってきているのはジギスムントだけではなかった。他にも、屈強な男達がにこやかに手を振りながらやってくる。ヘルタータの姿は、見受けられなかった。
「お〜い! 待ってくれ〜!」
「アルフレート!! お前に話がある、少しでいいから時間を……!」
「アルフレート狙いかい!」
だったら彼を残して逃げれば――――。
そう思って手を放しかけたのだが、何を思ったかアルフレートが手を握り返して有間を追い越した。
「ちょ、」
「新参者のオレが派手にやったから目をつけられたのかもしれないな。……逃げるぞ」
「いや逃げるのはうちだけで十分だって! それにあれって目をつけられたって感じじゃない気が……ってうわぁっ!!」
一度だけ、転びかけた。
‡‡‡
広場まで来ると、アルフレートはようやっと足を止めた。
有間は肩で息をしながらその場に座り込む。こんなに走ったのはいつ振りだろうか。体力には自信があった筈なのに、アルフレートは息を乱してもないのに!
「ここまで来れば……」
「も、もう走れん……!」
長巻を抱き締めたその直後である。
「あ、兄貴〜! ちょっと待って下さいよ〜!」
「っ……! まだ追いかけてくるのか」
アルフレートは有間を見下ろした。
彼女が走れないと分かると、彼はつかの間思案した。そうして「……仕方ない」と漏らした。
「悪いが、少し我慢してくれるか? アリマ」
「は? ――――うおおぉ!?」
担 ぎ や がっ た!!
有間はアルフレートに触れようとした長巻の刃を慌てて離しながらざっと青ざめた。
「軽々と、持ち上げられた……!」
そのことが非常にショックである。
「すまない、だが、あいつらをまくには――――」
「あ、兄貴っ……! なぜ逃げるんですっ!!」
「そっちこそ、なぜ追いかけてくる! オレは何もしていない、話があるなら、冷静に……!」
が、返ってきた男達の言葉はアルフレートの思うものとは全く違っていた。
「頼む! 握手してくれ! あ、ついでにサインも!」
「貴様、抜け駆けする気か! ――――アルフレート! あんたの強さに惚れた! もう一度だけ、オレと戦ってくれ!」
「いやいや、今度はオレと!」
「頼む! 闘技場に戻ってきてくれ! あんたの戦いを、もう一度この目に焼き付けたいんだ……っ!!」
ああ、もう。
うち関係ないのに!!
「……どうやら、敵意を持たれているわけではないらしいな」
「熱視線が痛ーい。アルフレートだけ残ってあの人達の相手をしてよ」
「そうはいかない。薬の効果のことがある。それに、アリマはあのジギスムントに苦手意識を持っているんじゃないのか?」
言われ、言葉を詰まらせる。
厳密に言えばジギスムントにではないが、まあ、彼の言う通りではある。
「兄貴〜! 無視しないで下さいよ〜!」
「すまないが、今は時間がない。お前たちの話は、後日ゆっくり聞かせてもらう」
「あ、兄貴、待ってくれ……っ!」
「兄貴〜〜〜!!」
ああ、離れていく。一気に遠ざかっていく。
自分は一体いつまで肩に担がれていなければならないのか……。
有間は遠い目をして吐息を漏らした。
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