――――闘技場。
 受付の側に張り出された本日の対戦メニューを見上げながら、有間は顎を撫でた。

 その隣には、人の姿したアルフレートがいた。
 彼は朝、有間に自分も闘技場に出てみたいと言ってきたのだった。有間は彼の腕の程は知らないが、まあ一人よりも二人で稼いだ方が良いかと特に深く考えることも無く許可した。

 賞金が最も多いのはタッグマッチ。
 仮にシングルでアルフレートとは別々で参加すれば確実に有間と対戦することになるし、それでは意味が無い。

 その点タッグマッチなら上級では一気に賞金が跳ね上がっている。シングルの二倍以上の額だ。
 加えてタッグマッチは対戦の回数も少ないので待ち時間のさなかにアルフレートが狼に戻ることにはならない……と思う。


「……よし」

「決まったのか」

「タッグマッチの上級戦。あれなら二十万ネルケだってさ。一発で稼げるね」


 指差してみせると、アルフレートは難色を示した。


「大丈夫なのか? オレとお前では連携を取ったことは無い。いきなり上級戦というのは、リスクが高すぎる気が……」

「明日も来なくて良いんなら、それに越したこと無いでしょ。なに、自信無いの? だったらうちだけでシングルに出るけど?」


 挑発的に言う有間に、アルフレートは後頭部を掻いて暫し思案した。挑発は効かなかったようだ。

 アルフレートはもう一度対戦メニューを見上げてやおら頷いた。


「……分かった。だが、アリマは無理をするな。危ないと思ったらオレに頼ってくれて良い」

「うわー。何か腹立つー」


 これでも並の人よりは強いつもりだ。
 有間はアルフレートの脛を軽く蹴って受付へと走った。



‡‡‡




「本日の第四試合! シングルの王者、ジギスムント&放浪の狩人、ヘルタータ!!」


 司会の声は相も変わらず良く通る。
 まあ、この大歓声の中そうでなければ司会にならないか。
 閉じられた門の向こうからがたいの良い大男と、鋭い眼孔をした異民族風の女性を眺める有間は、ふとアルフレートを見上げた。

 彼は双剣の感触を確かめている。緊張した様子も無い。……まあ、それは有間も一緒なのだけれど。

 有間は己の得物を見下ろし、目を細めた。
 有間の得意とする武器は長巻(ながまき)である。

 ヒノモトには野太刀(のだち)と呼ばれる刀がある。刀身がおよそ百十五センチ程の長さのあるそれに、長い柄を付けた物が長巻という武器だ。長い柄を鞣(なめ)し革などで巻き締めたことからそう呼ばれている。

 重さ七キロ程のそれは扱いが非常に難しく、有間のように習熟した者でなければ到底扱えない。
 おまけにこの長巻、ヒノモトでも非常に有名な妖刀であった。
 父から譲り受けた物ではあるのだが、長巻自体が有間の両手をいたく気に入り、振るわれるなら彼女以外望まぬと駄々をこねたそうだ。どうして妖刀の意志が分かったのか、それは父の術によるものである。
 妖刀になった経緯も父に聞かされたが、人には話せないくらいにえげつなかった。

 そんな妖刀ながらに幼なじみでもある長巻の柄を撫でていると、アルフレートが有間を呼んだ。


「呼ばれたぞ」

「え、マジ?」

「聞こえてなかったのか」

「歓声が五月蠅くて」


 いや、いつの間にか思案に没頭していたのだ。
 有間は肩をすくめ、アルフレートに促されるままに中心へと進んだ。

 すると、二人を茶化すような言葉が降りかかる。勿論有間のことを知る者は頑張れだとか、期待してるよだとか言ってくれるのだけれど、やはりジギスムントとはまるで正反対な体格のアルフレートの影響か、ほとんど負ける前提の言葉が行き交う。……さすがに、腹に来るものがあった。ここまでナメられていたら、邪眼一族の名折れだ。

 有間はアルフレートを呼んだ。


「即座に終わらせようか、アルフレート殿」

「? ああ。身体のことも心配だしな」


 ……そういうことを言っているのではないのだけれど、まあ良いか。
 有間は苦笑し、長巻を構えた。

 片方――――ジギスムントは有間がシングルで当たらぬようにしてきた人物だ。
 何も自分よりも強いから逃げているのではない。ただ、彼の使う大きな鉄球にはトラウマがあるので避けていたのだ。
 正直、あの鉄球をいつまでも見ていたくない。

 有間は長巻を回して構えを取った。
 ややあって、アルフレートも。


「それでは第四試合……開始っ!!」


 銅鑼が鳴らされた。
 大きくなる歓声に耳を塞ぎたくなりつつも、同時に二人は互いに目配せをする。

 ジギスムントは大きな鉄球を振り回す。
 ……その姿も、過去の記憶を容赦なく引きずり出してしまう。
 奥歯を噛み締めると歯軋りの音は歓声に掻き消された。

 けども、有間の表情が違うのにアルフレートは気が付いてしまったらしい。


「アリマ? 大丈夫か?」

「……平気。あの男の人、そっちに任せて良い?」

「分かった。……無理はするなよ」


 肩を叩かれ、有間は頷いた。

 そして、同時に駆け出す――――!



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