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夕方、帰宅するとティアナが待ってましたとばかりにリビングを飛び出して有間に駆け寄った。
有間は彼女の様子を不思議に思いながら朗らかに笑いかけた。
「ただいまー、ティアナ」
「お帰り、アリマ。あのね、一つ相談したいことがあるの」
……ティアナもか。
クラウスも昼間に相談を持ちかけてきたし、今日の自分は相談を受けるなんて運勢だったのだろうか。
取り敢えずリビングに入って――――マティアス達が声をかけてくれたのでそれにもちゃんと応えを返した――――ソファに座った有間は鞄を漁りながらティアナに「もしかして」と視線をやった。
「今日また件(くだん)の薬屋に行くって言ってたそのことに関係があるの?」
「う、うん」
そこで、ティアナは薬屋であったことを簡単に話してくれた。
薬屋で調合していたのは、見習いの魔女であるそうだ。そしてそれ故に薬の効果も弱かった、と。
昨日買った物より良い物は作れるけれど、それだと三倍の金がかかってしまうらしい。値段は十五万だそうで。これは確かに大金だ。
それで、有間の店の売り上げを今だけ貸してもらえないか、と最後に頭を下げて頼み込まれた。
そのことには、別に問題は無い。有間には金に対して頓着が無いもの。
有間はこれを二つ返事で了承した。
けれども、ライオン騒動が昨日のこともあって一時的に客足が遠退いているし、占いの料金は結構安い。ロッテのパン屋で一番安いパンを買える程度の料金だ。
しかもつい先日貯めていた金で占いに必要な消耗品をまとめ買いしてしまった。残りを本日の稼ぎと合わせても精々三万ネルケ程度しか無い。
売り上げをティアナに渡して本日の稼ぎと貯金の残金を教えると、「……足りない」とうなだれた。
今後の生活のことも考えなければならないから、生活費には触れず、有間の稼ぎと、新しく何処かで稼いだ分とを合わせた方が良い。
そう頭の中でまとめた有間は、ティアナを呼んで自分を指差した。
「うちが明日明後日で稼いでみるよ」
「え?」
「店を臨時休業にして、久し振りに闘技場に行ってくる」
途端、ティアナの顔色が変わった。
「だ、駄目よ! 危ない!!」
「ティアナうちが強いって知ってるじゃんか」
「それでも、駄目なものは駄目!」
有間は「じゃあ決まりー」とティアナの制止を右から左へ流し、鞄を閉じた。
まあ、身体が鈍っているかもと思っていたところだし、丁度良い。
ティアナの言葉を完全に無視して、彼女にご飯をせがんだ。
「ちょっとアリマってば!」
ティアナはしつこく食い下がる。
何が何でも阻止しようとする彼女の姿勢に、有間は苦笑を浮かべた。ひらひらと片手を振った。
「相談を持ちかけてきたのはそっちじゃん。それに、こっちの方が一番確実だって。ティアナもうちの試合見てたでしょ。胡散臭い顔でこっち見んな非常食」
「だから誰が非常食だっ!! お前な、本当に戦えそうに見えねえんだよ!」
「戦えるわい。荒ぶるヒノモトの中で育ってきたんだから」
「まあ、確かに身のこなしは申し分ないがな」
マティアスが思い出しているのは、どちらだろうか。
ティアナを襲った時?
子供を襲った時?
……って、どちらもか。
遠い目のマティアスを眺めながら、有間はティアナにまた夕食を急かす。エリクやアルフレートも、有間に同意するように彼女へ視線を投げた。
聞き届けてくれないと悟ったティアナは、がくりと肩を落として頷いた。けれども、絶対に怪我をしてはいけないと繰り返し釘を刺してきた。……闘技場で怪我をしたことなんて、一度も無かったように思えるのだけれど。有間の記憶違いだろうか。
台所に入っていくティアナを見送り、有間は鞄を足下に置いてソファの上に胡座を掻いた。
「……それで、お前の腕は本当に確かなのか?」
胡乱げに有間を見やったマティアスが問いかけた。
「え、フォローしてくれたのに?」
「俺はお前の身のこなしに対しての感想を述べたまでだ」
「出来る人なら身のこなしを見れば相手の力量は分かると思うんだけど」
「だがそれは正確ではないだろう。具体例を出せ」
また難しい注文を付ける男だ。……いや、今はライオンか。
有間は溜息を一つ。それから腕組みして記憶を手繰った。
「闘技場で三十七人斬りをしたことはある」
「お前の武器はあの銃だったろう。確か闘技場では銃は禁止されていたと、昔聞いたことがあるが」
「あれは補助的な奴だよ。うちが得意なのは長柄(ながえ)だもん」
長柄の武器だと、小回りが利かないから、そういう時は銃で補う。それが有間の戦い方だ。そうして生き残ってきた。
長柄を振るう仕草を見せれば、ルシアとエリクがリビングの中を見渡した。
「んなもん、この家には何処にも置いてねーだろ」
「あるよ。ルシアのベッドの下に」
「ちょ、そこには置くな!! 物騒だし埃かぶるぞ!」
「かからないようにしてるよ、ちゃんと。それに君達が知らないところで手入れもしてるし。ただ君達がリビングに入り浸ってたから気付けなかっただけじゃん。ってか、視線かなり低いんだし、むしろ何で気付けなかったのと不思議なんだけど」
ヒノモトでは妖刀と言われる物だと言ったら、さすがに寝れなくなるか。
心中をひた隠し、はっと鼻で一笑して見せると、ルシアはまだ騒いだ。
有間とルシアは、決して仲が悪い訳ではない。ただ、有間が彼をからかう頻度が非常に多いだけで。たまに、彼を非常食だと本能が見てしまうだけで。決して、険悪ではない。
ルシアの反応を面白がる有間に、他の者達は皆、呆れ顔であった。
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