「――――これが、うちの占いで出た結果。後でこっちの言葉に訳してあげるから、渡せるのは夜になると思う」


 天気予報の時と同様に小さな文字がずらりと浮かび上がった紙をアルフレートに見せながら、有間は鞄に道具を全て戻した。

 アルフレートは有間に謝辞を述べつつ、ヒノモトの文字の羅列を読もうとして唸る。が、無理な話だ。
 ヒノモトの言語は、ヒノモトと直接交流のある人物か、その文化に精通した人物でなければ理解するのは難しい。特に占いに用いられる言語は普通の言語とは違う箇所がそこかしこに見られ、国内でも一般に出回るようなものではない。

 小劇場前でやるのはそんな文字を必要としない方法の占いだけ。正確さでは多少劣るが、その差も大部分は術者の力量による。
 紙も綺麗に折り畳んで鞄にしまうと、アルフレートの頭を撫でた。


「さて、ティアナもそろそろ良いと思うし、戻ろうか。鞄は……まあ、廊下に置きっ放しだったからそこで良いか」


 ルシア達に部屋を使わせている今、鞄の置き場は安定していない。基本的にリビングだが、それでもままにティアナが商売道具が壊れたりしたら大変だからと自身の部屋に置いてくれていたり、有間によって廊下やリビングに放置されていたりするのだ。
 家にあるという事実だけあれば有間は置き場所には頓着しない。それ故のことであった。

 アルフレートを先にリビングに行かせ、有間は廊下の隅にごとりと鞄を置く。
 それからリビングに戻ると、ティアナがペンダントにしている笛をエリクに差し出していた。大事な物なのに良いのかと思ったが、エリクだからと出かけた声を飲み込んだ。


「これは私のお父さんが作ってくれた笛で、普通の笛とはちょっと違うの。世界中を飛び回ってる猛獣使いのお母さんも、この笛と同じ物を持ってるんだけど……この笛と普通の笛では、同じ様な音に聞こえても、全然威力が違うって言ってた」


 話しながらティアナが有間に気が付いて手招きする。
 それに従ってティアナの隣に端座すればティアナは言葉を続けた。


「普通の笛でも、ある程度は動物に言うことを聞かせられるんだけど、やっぱりお父さんの作った笛が、一番優秀で……」

「ちょっと待て。猛獣使い……?」


 マティアスが、そこで腰を上げて、まるで警戒するかのようにティアナから一歩離れた。

 ティアナはきょとんとして首を傾ける。


「お前、猛獣使いだったのか」

「あ、あれ? 言ってなかったっけ……!?」

「オレも初耳だ。そうか、それでオレたち四匹を飼おうとしていたんだな。ウサギやアヒルはともかく、ライオンやオオカミを飼うとは、随分変わった人物だと思っていたが……」


 アルフレートの悪気の一切無い言葉に、ティアナはしゅんと肩を落とす。まあ、猛獣使いであることを知らないのであれば、普通はそう思うだろう。


「ねぇねぇ、じゃあこの笛、どうやって使うの? ちょっと吹いてみてよ!」


 エリクが取り成すように笛をティアナに差し出して乞うた。


「いいの? じゃあちょっとだけ……」


 笛を受け取ったティアナは口の前に笛を構える。
 そうして――――笛を吹いた。
 しっかりとした響きが小さな笛から放たれた。

 途端、動物達が身体を震わせる。その大きさに驚いたのだろう。
 かと思えば、


「あ、あれ? なんか急に眠気が……」

「ああ、今のは、興奮した動物をなだめて眠らせるための音で。欠点は、この笛の音が聞こえる範囲内の動物全部に効果があるってことなんだけど」

「そうか、道理で……っておい! そういうことは先に言えよ!」


 ルシアは翼を広げて抗議する。

 それにティアナは苦笑した。


「ごめんごめん。これば私の一番の得意技なの。お母さんも、猛獣使いにとって一番大事なのは、この技だって言ってて……」


 ルシアを宥める彼女から距離を取って、マティアスとアルフレートが小声で言葉を交わす。揃って剣呑な表情だ。


「おい……まずいぞ、アルフレート」

「ああ……このままでは、この笛の音一つでオレたちは彼女の言いなりだ」


 ルシアやエリクにも聞こえていたらしい。彼らも二匹に駆け寄って、戦慄したように身体を縮めてティアナを見つめた。

 ティアナは一瞬だけ呆気に取られて噴き出した。


「心配しなくても、今はエリクが吹いてって言うからやってみただけで、よほどのことがない限り、むやみに吹いたりしないから」

「そうしてくれ。お前の都合で起こされたり眠らされたりしたらたまらん」

「それはそれで面白そうかも……」


 ぼそりと呟いた。すると、案の定マティアスに睨まれる。肩をすくめて受け流したけれど。

 しかし、ティアナの笛がマティアス達にも効果を出すとは驚きである。元は人間でも、身体は動物のそれと同じだからだろうか。


「じゃあやっぱり家鴨と兎の肉もそのまま……」

「そこも怖いことしれっと言ってんな!!」

「ぼ、僕は食べても美味しくないよアリマ!」

「いや、誰も食べるとか言ってないし。何となくそう思っただけだし」


 「それでも十分怖えよ!!」ティアナの時以上に強く責めてくるルシアに、静かにしないと食べるぞと遠回しに言えば彼はマティアスの後ろに隠れてしまう。マティアスは辟易した風情で溜息をついた。

 有間が鼻で一笑するその隣でティアナは苦笑しつつ、笛を首にかけた。



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