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ああ、どうして自分はこんなところに、ティアナと一緒にいるのだろうか。
ここはローゼレット城。カトライアの法王が暮らす、美しい城だ。花に彩られたその様は、観光客に人気ではあるが、迷路の如く入り組んだ庭園では良く迷ってしまうそうだ。有間は、そんなことは無かったのだけれど。
ティアナはクラウスを訪ねにこの城に来ていた。有間は何となく嫌な予感がしたから、ついて来た。何か変なことを吹き込まれていたのだとしたら、帰ったら本当に毛皮にして売りさばいてやるあの卑猥ライオン。
「ティアナー、何言われたか分かんないけど、本当に従って良いのー? ってかクラウスさんに何するつもりなのさ」
「う、うん……ちょっとね。――――あ、クラウス……!」
言葉を濁して答えてくれないティアナを怪訝に目を半眼に据わらせると、彼女は庭園の奥に目当ての人物を見つけて駆け出した。
有間は肩をすくめ、その後に続いた。
「ティアナ? それにアリマまで……。こんな所で、どうしたんだ」
「ちょっとクラウスに用があって。この間クラウスが貸してくれた本、すごく役に立ったよ、ありがとう」
「役に立った……? この間は誤魔化されたが、アリマは一体どんな事情で魔女なんかに興味を持ったんだ。昔聞いたきな臭い話とは、何なんだ」
「企業秘密ー。これ、クラウスさんにもティアナにも言えないんですよね。ギリでベリンダさん達ですかねぇ」
間延びした声で答えると、クラウスは眼鏡の奥で目を細めた。
するとティアナが慌てて有間を庇うように前に立った。
「お願いクラウス! そこは訊かないで!!」
「……ティアナ。俺はお前の両親に、留守中を頼むと任されている。お前やアリマが危ないことに首を突っ込もうとしているのなら、俺にはそれを止める義務が――――」
そこで、ティアナの肩が少しだけ震えた。
「わ、わかってるわ。魔術や魔女について調べるのが、危ないことだって……だけど、アリマの為にどうしても必要なの! そうじゃなきゃ私、こんなふうにクラウスを困らせるようなことは……」
……これか、あのライオンに吹き込まれたことは。
有間はこっそり息をついて、クラウスから顔を逸らすティアナの背中を見やった。クラウスに効く筈もないと思うんだけどなーとか心の中で呟きながら。
「……何かあったのか」
クラウスがこちらを見るのに、……多分こちらも合わせておかないといけないんだろうと面倒臭く思いつつ、後頭部を掻きながら、言いにくそうに顔を逸らした。
「魔女関係で、ちょっと父さんが、ね……」
……ごめん父さん。今だけ使わせて。怒るならあのライオンを怒ってね。
天国に向かって謝罪を一つして苦笑を浮かべて見せた。一応、クラウスも有間の父親については知っているから、大丈夫だろう。
「……でもさ、ティアナ。別にそんな必死に協力してくれなくても良いんだよ。うちはただ父さんが死んでることをはっきりと確認したいだけだもん。クラウスさんをそんなことに巻き込むのも悪いよ。それに、」
「え……け、けど、やっぱり私は、アリマのお父さんは生きてると思うもの!」
「ティアナ。うちは確証の無い希望に縋るのは無意味だってことを知ってる。うちが言ってるんだから、面倒事にクラウスさんにお願いするのは止めようよ。元はと言えばうちがティアナの前で漏らしちゃったのが悪いんだしさ」
有間の口調はいつもと変わらない。まったりとしたものだ。だが、カトライアで暮らすようになってからは基本的に喜怒哀楽、怒以外はこんな調子だ。表情がどうかで判断される。元々感情を隠したり偽ったりすることは苛烈な環境の中で培われた密かな得意技だ。
一瞬だけ表情に苦みを持たせ、ティアナにふにゃりと笑いかける。これでティアナがバレてたら意味は無いのだけれど。
ティアナはぶんぶんとかぶりを振った。クラウスを誤魔化す為の嘘だけれど、有間の父親に関してはやっぱり諦めてくれないようだ。苦笑が漏れそうになった。
「……ごめんなさい、クラウス。アリマのことは、もう少しこっちで調べてみることにするわ。だから、もう大丈夫だから!」
有間の手を掴み、ティアナは駆け出した。
「……! 待て、ティアナ!」
その腕を、クラウスが慌てて掴む。
咄嗟に有間がティアナの手を逃れて彼女から離れると、彼は目を細め、ティアナを見据えている。
「お前にそんな顔をされて、黙っていられると思うのか」
「クラウス……」
感じ入るティアナ。
……しかし。
この時有間ははっきりと悟った。
彼は、ティアナの演技に気付いていると。その上で己も演技でティアナに接しているのだと。
彼女の細い腕をぐいと引いて顔を間近に迫らせた。
有間は頬を人差し指で掻いて苦笑を浮かべた。
「お前が本当にアリマの為に、どうしても知りたいなら、なんでも教えてやる。だから、そんな顔をするな……」
ティアナが目を見開く。
その直後、クラウスの口角がつり上がった。
「だが……ただで教えてやる気はない」
「え……?」
「あらやだ」
彼は素早い動作でティアナの顎を掴むと上向かせる。鼻先三寸と言うところまで一気に近付いた。
有間は両手で顔を隠し、彼らに背を向けた。その頬がうっすらと赤いのは、お国柄だ。ヒノモトでこんなに接近していたら確実にはしたないと蔑視を向けられるか、怒られる。男女の付き合いは慎みを持って、がヒノモト流なのだ。
それを知っているクラウスは、敢えてやっている。
「ク、クラウス? ちょっと、何を……!」
「魔女に関する情報は国家機密だ。相応の報酬をもらわなければ、割に合わない」
「ええ!? ほ、報酬って……!?」
ひー、と小さく呟いて耳を塞ぐ。
しかし、暫くそのままでいると、ふと前方に見知った少年の姿を見た。
彼もまた有間に気付いて花のような笑顔を浮かべる。
「あ、ミサマ!」
「有間です」
相変わらず名前覚えてくれないんですね。
有間は手を離し、ふっと苦笑する――――。
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