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「ふーん……これは加工法が一杯あるしなあ。この薬の場合どの加工法が正しいのか……」


 有間は一人、居間で本を読みながらぶつぶつと呟いていた。
 やはり有間の知識は役立ちそうにない。ずっとあれこれと考えてはいるが、これ、と言うものは浮かんでこなかった。それに、ここに記載された材料は、ほとんどが入手困難だ。

 勿論ティアナの読み残した本にも目を通してみたが、これと言って手がかりになるようなものは無い。

 考えすぎて頭痛もする。頭ががんがんする。


「頭痛薬飲も……」


 居間の端に置いた仕事用の鞄を開いて薬箱を取り出す。全て自家製の物だ。と言っても、この周辺の薬草では簡単な物しか作れないので、効力は大して期待は出来ないのだけれど。

 丸薬を口に含んで飲み下す。
 それから有間はソファの本を見やってそっと右の手袋に手をかけた。

 が、すぐに扉の方を見やって袖で隠してしまう。
 かりかりと引っかくような音がした。
 扉の前に立って開けてやると、灰色の狼が隙間から居間に入り込む。


「アルフレート。寝なくて良いの?」

「少し眠ったから問題無い。それよりも、何か手がかりは掴めたか?」


 有間は肩をすくめて見せた。

 それだけで通じたらしく、アルフレートは「そうか」と吐息を漏らした。


「アリマには要らぬ苦労をさせてしまったな」

「良いよ。こちらこそ役立たずでごめんねー」

「そんなことは無い」


 有間がソファに座ると、アルフレートもその側に腰を下ろした。


「何か作る? と言っても好き勝手出来ないから、簡単な物しか作れないけどさ」

「いや、オレに構わなくて良い。……ところで、話は変わるんだかが」


 お前とは何処かで会わなかっただろうか。

 ……。

 ……。

 ……。


「……それ、本当の姿に戻ってから言ってもらった方がこっちとしては助かるかな。少なくとも喋る動物と会ったことは無いよ」

「そ、そうだな……すまない」

「や、別に謝る必要は無いけどさー」


 ぽふぽふと頭を叩くように撫でてやる。
 しかし、本当に毛並みが良い。
 剥いで売ったら相当な金額になるんじゃないだろうか……。


「あのさ、アルフレート」

「何だ」

「君の毛皮を一部貰ったら駄目?」

「止めてくれ!」


 あ、逃げられた。


「冗談だよ。……半分は」

「半分は本気と言うことか」

「さあ」


 有間は肩をすくめまた鞄の方へと歩いた。
 鞄を拾い上げて居間を出ようとすると、アルフレートが声をかけてくる。


「お仕事。出る前にしなくちゃいけないことがあるからー」

「オレに何か手伝えることは無いか」

「ううん。無い。っていうか、うち人がいると集中出来ないから」


 彼にひらりと片手を振って女は中庭へと向かう。
 中庭の隅に鞄を置いて中身を漁った。
 出したのは七枚の白紙。それを地面に並べてそれぞれ紙の上部に黒鉛で違う模様を描く。邪眼一族の文字を変形させたそれは、こちらで言う曜日を示す文字である。

 書き終えたそれらを己を中心に円形に並べ、有間は右手を天へと伸ばして左手で素早く空中に不可思議な模様を描いた。

 すると――――紙が薄く発光して浮き上がったのだ。
 それらは時計回りに有間の周りを巡り、突如としてぴたりと止まった。

 有間は右手を下ろして今度は両手で模様を描いた。
 紙がぴしりと立ち上がる。紙面が有間に向き、それぞれの中心に更に文様が浮かび上がった。赤だったり青だったりと、色形は様々であった。

 有間がそれらを全て確認して、左手を薙いだ。

 紙は独りでに重なり合って束となり、左手に収まる。


「成功……っと」


 後はこれを一枚の紙にまとめ、何枚か写せば良い。
 いつもは前日に二十枚書くのだが、出かけるまでに間に合うだろうか。
 ティアナに手伝ってもらおうか――――いや、疲れている彼女に負担をかけたくはない。眠っている彼女の邪魔も絶対にしたくない。

 書けなかった分は店で書くか……。
 黒鉛を鞄に収納し、紙束を大事に抱えて有間は居間へと戻った。ああ……頭が痛い。

 居間にはまだアルフレートが伏せているだけだ。きっとまだ皆眠り込んでいるのだろう。マティアス達は至極どうでも良いが、ティアナにはしっかりと休んで欲しい。
 紙を七枚を床に順番に広げた有間に、アルフレートはとてとてと近付いてきた。有間の隣に座って紙を覗き込んだ。


「これは?」

「一週間のお天気予報。今からこれをまとめて写すんだよ」

「ヒノモトの文字か」

「ううん。とある民族の文字を変形させた奴。――――と、ペンとインクは……っと」


 有間の使うペンとインクは、鞄の中で割れたりしないようにと、クラウスに貰った専用のケースに入れてある。

 それを取り出して、さらさらと書き出していった。慣れた作業だから、間違えることはあまり無い。ただ、同じ文を書いているとどんどんゲシュタルト崩壊が起きてくるのが少し困る。

 たまに目を閉じて休憩しながら、彼女は一枚一枚仕上げていった。

 アルフレートは有間の手際を隣で黙って眺めていた。



――――結局、ティアナもマティアス達も起きてこなかったので、簡単な朝食をアルフレートと一緒にとって仕事に出かけた。
 ……しかし、頭が痛い。



―第一章・完―


○●○

 切れが悪いですが、これで一章は終わりです。



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