12





 洗濯を終えるまでに数時間程かかった。
 アルフレートは物覚えが良かった。一度手順や注意事項を覚えてしまえば、彼はそつなく全行程をこなした。加減も、ちゃんとしている。

 有間も、途中から側で傍観するだけだった。


「やっぱ訊いた方が早かったじゃん」

「ああ、そうだな。ずいぶん時間がかかってしまったが、こうして風にはためく洗濯物を眺めていると、清々しい気分になるな」

「そう?」


 有間にしてみれば、もう見慣れてしまった光景だ。そこには何の感慨も浮かばない。ティアナは、アルフレートに同意するだろうけれど。
 軽くストレッチをして干された洗濯物を見渡し、有間を振り返る。達成感に満ち溢れた輝く笑顔である。


「今日ですっかり手順は覚えたから、これからはいつでも頼んでくれていいぞ」

「それはティアナに言いなよ。喜ぶと思うよ」

「では、アリマは?」

「うち?」


 いや、別にどうでも良いけど。
 そう答えかけて、彼の歓喜とやる気に水を差すのも何なので、言う前に口を噤んだ。

 代わりに、


「まあ、ティアナが楽出来るんなら、うちも有り難いね。洗濯物って結構重いし、時間がかかるし」


 そう返しておいた。
 すると、「そうか」とアルフレートは頷く。
 でも本当に、これでティアナの負担が軽くなると言うのなら、それに越したことは無い。ティアナもむしろ有り難く思うだろうし。

 もう一度風に踊る己の《戦果》を見、満足そうに笑うアルフレートを見上げ、有間は目を細めた。

 アルフレートの――――と言うか洗濯の件は一件落着として、次はルシアとシルビオかとリビングに向かおうとした有間は、しかし身を翻してすぐにアルフレートに呼び止められた。


「ん?」


 振り返ると躊躇いがちに、視線をさまよわせながら言う。


「洗濯のついでというわけではないが、他にも洗いたい物があるんだ……」

「……ん? 他に?」


 あれ、何か嫌な予感がする。


「洗う物って……」

「実は……オレが洗いたいのは、お前の身体だ、アリマ」


 沈黙。


「ごめん悲鳴上げる。クラウスさんに助け呼ぶ。ヒノモトの国民性知ってんだろうがボケェッ!!」

「い、いや、変な意味ではないんだ! 誤解しないでくれ……!!」

「いやそれ明らかに変な意味だろ!?」


 大きく退がってアルフレートから距離を取ろうとすると、アルフレートは周章狼狽した。必死に弁解しようと言葉を尽くす。


「オレはただ、お前達が風邪で寝込んでいたから、身体が汗っぽくなっていないかと、心配して……!」

「……いや、まあ、確かにうちもティアナも結構な汗掻いてましたけども!」


 それを考えると水浴びか風呂にでも入りたい、と思いはする。
 数日この姿で過ごさなければならないとなるとティアナも気にしているかもしれない。となると、アルフレートの申し出も有り難いことなのか……?
 否定もせずに黙り込んでいると、有間の言葉から肯定であると認識した彼は、焦った表情を弛めて「読み通りだったか……」と安堵したように独白した。


「アリマ。改めて提案させてもらうが……オレにお前の身体を洗わせてくれないか」

「……」


 有間はぐにゃりと顔をしかめた。
 いや、さすがに夫でもない異性に全身触られるのはヒノモトの者としてどうなんだろう……。
 状況が状況だから、アルフレートも気遣ってくれているのかもしれないし。

 返事を返さずにいると、ふと家屋からティアナが出てきた。


「アリマ、アルフレート。どうしたの? 大声が聞こえてきたけど……」

「ん……アルフレートが破廉恥なことを言い出してね」

「え……は、破廉恥なこと!?」

「ちっ、違うんだティアナ!」


 仰天して飛び上がった猫にアルフレートは必死に説明をする。だがどう言っても破廉恥は破廉恥だ。
 アルフレートの気遣いを知った彼女はしかし、納得した風情の中でも照れを見せ、有間に歩み寄った。


「びっくりした……」

「うちも驚いた。まあ、うちらを気遣ってのことらしいけど。っていうか、洗うくらいならうちらだけでも出来ると思うけど」

「いや、動物の姿では、かゆい所に手が届かない。動物の不便さは、過去の経験上よくわかっているからな。身体を洗ってくれたティアナには世話になった」


 しみじみと語るアルフレートの言葉は、説得力がある。有間達が関知しないところで相当な苦労があったのだろう。
 けれども……。


「そんなことまでしてたんかい、ティアナ」

「だ、だって洗わないと臭いがしちゃうでしょ? マティアス達も嫌だろうし……」

「ティアナが先にセクハラしてたのか……」

「違うってば!!」


 ティアナからそっと距離を置くと、身体に爪を立てられた。勿論ティアナは気付いていない。気付いてやる程彼女は性格は悪くない。
 痛かったが素知らぬフリをして、有間は前足で、ちゃんと加減をしてティアナの身体を押し潰した。

 そんなじゃれ合いを微笑ましそうに見下ろしたアルフレートは、妙案を思い出したように笑顔を浮かべた。


「そうだ。ティアナも一緒に洗わせてくれ。そうすれば、お互いすっきりする」

「え? あの、確かにさっぱりしたいけど、私は……!」

「遠慮するな。桶に新しい水を張るから、少し待っていてくれ」

「あ、アルフレート……!」

「良かったねティアナ。洗ってくれるってさ」

「あなたもでしょ!」


 大の字になったまま怒鳴るティアナに、有間は耳を動かして空とぼけて見せた。



.

- 138 -


[*前] | [次#]

ページ:138/140

しおり