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裏庭に出ると、井戸の側でアルフレートが服を虐待していた。何か服に対して恨みでもあるのだろうか、そう思う程に。
器具を見るに洗濯物をしているのだとは、漠然と分かる。
ただどう見ても、どう考えても、服を虐めているようにしか……。
有間は嘆息して気配を殺してアルフレートに歩み寄った。
背後に立って、
「君そんなに服が憎い訳?」
「っ!?」
アルフレートは仰天してその場から跳び退いた。バランスを崩して倒れかけたのを壁に手を突いて何とか難を逃れる。
姿勢を戻して彼は有間を見るなり首を傾けた。
「アリマ。部屋で大人しくしていろと、言ったはずだが……」
「自分の家で破壊音と悲鳴が聞こえる状況で、ティアナがじっとしてられると思う?」
そう言うと、彼は悄然とうなだれ謝罪した。
「皆、お前達のために頑張ろうと努力しているんだが、何分不慣れだからな。きっと苦戦しているんだろう」
苦戦、ね。
機嫌良く物を捨てていたエリクの姿を思い出し、有間は鼻で笑う。あれは苦戦ではなく、むしろ好機と捉えていたと思う。
「不慣れなら無理してやらない方が良いと思うよ」
「っ……そ、そうか? やはり、迷惑だったか……」
「ティアナだったらフォロー入れるんだろうけどさ。ごめん。家主の家を破壊されるのはちょっと困るかな。あと、服に八つ当たりされるのも嫌かも。人には向き不向きがあるんだし」
「八つ当たりをしていたつもりはないんだ。ちゃんと力加減をしていたんだが……」
「力加減、ねぇ……」
有間は桶に入れられ、乱暴に踏みつけられていた衣服を前足に引っかけすくい上げると、湯葉を上げるのに失敗した時のようにびりっといとも呆気無く裂けた。
……あーあ。
こりゃもう無理だな。うちの服だけど。
ぺいっと石畳に服を捨て、全ての衣服を確認する。
幸い、着れない程の破れが酷いのは最初の有間の服だけで、他はティアナに繕ってもらえば大丈夫そうだ。
「すまない……マティアスを待てば良かったか……」
「え、マティアスもやってたの?」
周囲をぐるりと見渡したが、あの目立つ姿は何処にも無い。
「マティアスなら、ローゼレット城の王立図書館へ行った」
「は?」
有間は頓狂な声を上げた。
洗濯するにあたってどうして図書館に行く必要が……。
「……まさか本で洗濯の仕方を調べよー! とかふざけたこと抜かしませんよね」
「いや、その通りだ。そろそろ一時間になるか……」
訊 け よ そ こ は!
有間は頭を抱えたくなった。
確かにティアナに訊けば自分がやると言い出しそうだけども。
うちだって一通りの家事は出来るのだから、こっちに訊けば良いだろうが。
気を遣うのは良いが、正直を言えば気遣う場所を間違えている。
それで服一着駄目になってたら元も子も無いだろ。
服は高い。それに有間は基本的にヒノモトの文化を取り入れた物しか着ない。だがヒノモトの服はどうしても数が限られてしまうので、当然値は張る。
家計も危ういこの状況で新しい服を買うのは躊躇われた。
……まあ、また今度で良いか。
一人肩をすくめ、意気消沈しているアルフレートに片目を眇めた。
洗濯如きでそこまで落ち込むのもどうかと思うけれども。
そこまで必死になるから空回りするんだろうが。
真っ直ぐなのは美点だが、過剰なのはちょっと考え物だよな。
心の中で独白し、有間はビチャビチャに濡れた洗濯物を見下ろした。
「……やり方教えるけど、もう一回やる?」
井戸の縁に手をかけてそう言えば、アルフレートは表情を輝かせた。雪辱を果たす機会を主より貰った武士みたいなその様子に、苦笑を禁じ得ない。大袈裟だろ、本当に。
「アリマ……! もう一度、やらせてくれるのか?」
「そこまで大袈裟な反応はしなくて良いけど、アルフレートがやりたいんなら教える」
「任せてくれ! やる気だけなら誰にも負けない!」
「うんそうだね空回りするから八分目に留めてネ」
そんな言葉は、彼には届いていないようだ。
有間は吐息をこぼし、破けていない服を桶の中に戻した。そして更に別の洗濯物を入れながら記憶を手繰った。
その側で、
「よかった……呆れられたまま、もう何もしなくていいと言われたら、二度と立ち直れないところだった……」
「……」
ごめん、独り言聞こえてるよ。
そして現在進行形で君に呆れているよ。
「だから、大袈裟だってば。たかだか洗濯ぐらいで……」
「いや、洗濯は日常生活においてとても大切な作業だ。それを易々と出来てしまうティアナやアリマは本当に凄い」
「いやだから身分的に君は基本的にすることが無いだろーが……」
何処まで実直なんだか。
有間は吐息をこぼし、片目を眇めた。
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