改めて、自分の変わり果てた姿を見下ろす。
 真っ白な足の裏には桃色の肉球がある。邪眼は、無い。
 恐らくはこの突然変異によるものなのだろう。ああ、四つ足で動くというのは本当に落ち着かない。

 彼らは金の粉の影響だとは結論づけているが、本当に金の粉で戻るのだろうか。

 どうも、違うんだよねぇ。
 ティアナの魂の様子が、どうも呪いで動物になっている頃のマティアス達とは少々違うような気がしてならないのだ。
 勿論見なくなって久しいから、そんな風に錯覚している可能性もある。
 しかしながらどうにもそれで片付けられるとも思えないのだ。

 真剣に考える有間を余所に、王子達は下らない話に花を咲かせている。


「俺も、もしお前に金の粉を使ったらどうなるかと考えたことがあったが、少し意外だったな」

「ちょっと待て、マティアス。本当にこれは、金の粉の効果なのか? 俺には納得がいかないんだが」

「確かにネコとネズミじゃ、仲良くしようがねーもんなぁ」

「っ……! そもそも、俺がネズミだというのは、何かの間違いだとしか思えない」

「そうか? 俺はあまりにぴったりだったから、妙に納得したけどな」

「貴様……。人を巻き込んでおいて、よくそんなことが言えるな……!」


 話の中心は言わずもがなティアナだ。居心地悪そうにする彼女を見上げつつ、有間ははあと吐息を漏らす。
 自分と同じ種類の動物になって欲しかったらしい彼らに、有間は呆れを通り越して恋愛の妙味を知る。やはり色恋沙汰は面倒だと悟る。
 だが……まあ、彼女がルシアと同じ水鳥にならなくて良かったなとは思う。

 自分に火の粉はかからないだろうと踏んでいた有間はしかし、視線を感じて顔を上げた。エリクだ。残念そうにこちらを見ている彼の心中が、ありありと見て取れる。


「なに、うちは兎が良かったってか」

「そうだったら、とても嬉しかったのにな」

「オレは、犬だと思っていたんだが……」

「おいアルフレート、心の声が漏れてるよ。馬鹿言うな」


 下らない。本当に下らない。
 ティアナと同じ猫科だと言うことで喜んでいる第一王子が――――いや、その後にティアナ口説いてるシルビオが一番下らない。

 ……というか、さっさと元に戻せっての。
 朝のように苛々し始めた有間にいち早く気付いたアルフレートが宥めようと手を伸ばす。
 それをすり抜け、有間はシルビオに躍り掛かった。

 肩を押さえて押し倒した彼は、青ざめて情けない悲鳴を上げる。


「……肉」

「ちょ! 洒落になんねーこと言うなって」

「だったらもう少し真剣に取り組め馬鹿共。いい加減てめぇらの首噛み千切るぞ」


 唸りながら言うと、エリクが後ろから背中を撫で、感嘆に声を漏らした。


「うわぁ、凄く気持ちが良いね。抱き締めても良い?」

「止めろ!」

「いい加減にしろ。そんなことよりも、この状況を作り出した犯人を探すべきだろう」


 有間の頭を軽く叩き、クラウスが口調厳しく口を挟む。
 有間は舌打ちしてシルビオの上から退いた。


「犯人の目的がわからなければ、呪いを解いてもまた同じ事が繰り返される可能性もある」

「そうだな。呪いを解くのは簡単だが、元を絶たなければ意味がない」

「何者かがこの家に侵入し、寝ているアリマ達に金の粉をかけた、ということか……?」


 まさか、と言いたいが、生憎と有間も熱にうかされていた為に気付けた可能性は限りなく低い。こんな時に体調不良だなんて。


「でも、この家に部外者が入り込む余地なんて無かったと思うけどなぁ。僕とマティアスは隣の部屋にいたし、ルシアとシルビオは、この部屋の前をずっとウロウロしてたし」

「オレはずっと中庭で鍛錬をしていたが、怪しい人物は見かけなかったな」

「玄関や裏口から誰かが侵入した気配も、なかった」

「侵入っていうか、外から来たと言えば、ゲルダくらいなんじゃないの? うちはそれくらいしか記憶無いけど。だからゲルダに来た時の外の様子を訊けば……」


 何とはなしに言うと、直後に空気が張り詰めた。
 えっとなって周囲を見渡すと、シルビオが唐突に声を張り上げた。


「ゲルダだよ! あいつがやったんだ……!」

「そ、それだ! 間違いねぇ!!」


 ……いや、そこで彼女を疑うのか。
 心の中でツッコむ。ここで口にしても、多分彼らは聞かないだろう。一瞬で変わった彼らの形相を見ていれば分かる。
 殺気立つエリクを見やり、有間は嘆息を漏らした。


「見かけによらず小心者だと思ってたけど、こんなことをする度胸があったなんてね」

「ああ……何のつもりかは知らないが、彼女達をこんな目に遭わせた以上、女性だからと容赦するつもりはない」

「ちょ、ちょっと待ってみんな! 何かの間違いじゃないかな。だってゲルダは、あんなに私達のこと心配してくれて……!」

「まったくお前は……そうやって、誰でもすぐに信用するのは止めろと何度も言っているだろう。少しはアリマを見習え」


 いや、うちは疑ってないし。ゲルダに外に不審人物がいなかったかどうか訊いてみればって進言しようとしただけだし。
 反論も当然心中で、だ。


「事情があったとはいえ、あいつがマティアスたち四人を亡き者にしようとしたのは事実だ」

「だ、だったら今回も、何か事情があったのかもしれないし……! ね! アリマ!」

「……間抜けなゲルダが間違えて別の薬を飲ませたに一票」


 いや、だってそっちの方が何か有り得そうだし。
 周りの視線をものともせずにそれだけ言うと、ティアナは慌ててそれを推(お)す。だが、事情があってやむを得ずにやるよりも、こちらの方が余程馬鹿らしいと彼女は気付かないのだろうか。

 ぞんざいな有間の推測を懸命に押し通そうとするティアナに妥協して、取り敢えずはゲルダ本人を問い質すことで落ち着いた。
 幸い、通信機能搭載の手鏡はシルビオが持っている。

 シルビオが手鏡を介してゲルダに呼びかけるのを眺めつつ、有間はティアナの身体を軽く噛んでをマティアスの手の上から自身の側へと移動させた。


「ティアナを食うなよ」

「マティアスじゃあるまいし」



.

- 133 -


[*前] | [次#]

ページ:133/140

しおり