「う、うわあぁぁぁぁ……!!」

「だ、誰か、早く来てくれ……!!」


 狼狽したルシアとシルビオの声に、家でくつろいでいた者達は全てティアナの私室に駆けつけた。
 アルフレートが開いたままの扉から部屋に駆け込み何事か問いかけると、狼狽えきったルシアとシルビオはほとんど怒鳴りつけるように答えた。

――――ティアナと有間が見つからないのだと。


「何……!? アリマとティアナが!?」

「二人が、いなくなった? それは本当なのか」

「ああ、扉を叩いても返事がねーから部屋に入ったんだけど、どこにもいねぇんだよ」


 青ざめたシルビオの言にマティアスは部屋の中をぐるりと見渡す。


「確かにこの部屋にはいないようだが……他の場所はどうなんだ」

「今一階を確認してきたが、台所にも中庭にもいなかった」

「二階の部屋も全部回ったけど……どうやら家の中にはいないみたいだね」


 マティアスの問いに答えながら、クラウスとエリクが部屋に入ってくる。ルシアやシルビオよりも冷静ではあるものの、焦りからか少し顔色が悪い。


「そんな馬鹿なことがあるか。風邪をひいて寝込んでいた二人が、何も告げないまま、家の外に出たというのか? アリマの症状は重かったんだろう?」


 クラウスを見やれば首肯が返ってくる。


「ああ。それにアリマの性格を考えれば、出て行くにしてもティアナは必ず残す筈だ」

「ティアナもそれを許さず押し問答で時間を浪費した果てに体力切れ――――あの二人の場合、そうなるのは目に見えているが……」

「何者かにさらわれた可能性も、考えた方がいいんじゃないか」

「攫われた……?」


 そこで、クラウスが反応を示す。何か心当たりがあるとでも言わんばかりの様子にアルフレートが問い質すが、彼は言葉を濁すばかりではっきりと答えようとはしなかった。

 クラウスの態度にマティアスは目を細め、しかし何も言わずに顎に手を添えた。


「誘拐、か……確かにその可能性も考慮した方が良さそうだ」

「ふふ……どんな方法を使ったかは知らないけど、二人をさらった人間がいるとしたら、いい度胸だね」


 一体どんな方法でいたぶってやろうかな。
 ……まさに、絶対零度。
 されども、彼の言葉はその場にいた男衆皆の心を代弁していた。……まだ、そうと決まった訳ではないのだが。

 クラウスが背を向け、早口に独白する。


「まずはローゼレット城の兵士を総動員して、行方を探させる。他にも打てる手があるなら、早急に……いや、あいつに情報を集めさせた方が確実か」


 いやに深刻そうな彼に、一度は流したマティアスも追求する。


「随分と必死だな。お前の《心当たり》は、そんなに危険極まるものか?」

「……可能性が低い以上は、無闇には話せない」


 クラウスはマティアスを、まるで察しろとでも言いたげに睨む。

 その視線を受け、胡乱げだったマティアスははっとして顔色を変える。眉間に皺を寄せて足早に部屋を出た。少しばかり青ざめたようなかんばせに、アルフレート達は不審を抱いた。
 二人の様子は穏やかではなかった。何か、自分達の知らないところで重要な情報を共有しているかのような――――。


「ルシア、お前はここで留守番だ。他の者は皆ついて来い」

「待て、マティアス。クラウスは何を――――」

「ま、待ってみんな……!!」


 彼らの間を通り抜けた少女の声。

 皆、ぴたりと動きを止めた。
 暫し固まって周囲をぐるりと見回して確認する。その後に互いに顔を見合わせた。

 今、見知った――――今まさに探そうとしていた少女の片方の声が聞こえたような――――。


「いや、気のせいじゃねぇ! 確かに聞こえた……!」

「ティアナだけはここにいるのか?」

「おい! どこにいるんだ!? ティアナ……!!」


 部屋中を探そうとするマティアス達に、慌てたように震えたティアナの声は、少しだけ小さい。


「どこにって、さっきからずっと、ここに……!」


 シルビオが声の方向を見定めてベッドの方へと視線をやった。

 その直後。
 彼は顎を落として静止する。



‡‡‡




「なっ……!?」

「え、ええええ!?」

「そんな、馬鹿な……!」


 慮外千万(りょがいせんばん)。
 想像を絶する光景が、彼らの前に広がって――――否、ちょこんと愛らしく座っていた。

 翡翠を思わせる愛くるしい瞳が瞬きを繰り返す。


「……? ど、どうかしたの?」


 《彼女》が困惑した風情で問いかけると、マティアスが少しだけよろめいた。


「こ、この声、本当に……ティアナなのか?」

「お、おいおいおい! 何がどーなってんだ!?」

「オレたち、夢か何かでも見てるってわけじゃねーよな」

「何があったかはわからないけど、この声は間違いなく彼女のもの……だね」


 頭が混乱して自体が上手く飲み込めない。
 ざわめく六人は《彼女》を見下ろしたまま困り果てたように冷や汗を流した。

 異様な形相の彼らに、《彼女》は訳も分からずに謝罪する。


「あれから、どのくらい経ったのかな。すっかり寝込んじゃったみたいで……アリマも気付いたらいなくなっちゃってるし――――あ、でもおかげさまで、私の風邪はすっかりよくなったみたい。アリマも少しは楽になってるんじゃないかな。ゲルダの薬って、本当によく効いて――――」

「……信じられんが、どうやら現実のようだ」

「あ、ああ。まさか、こんな……」


 どうして、こうなった。
 マティアスは頭を抱えて吐息を漏らした。

 どうして、こうなった。
 頭の中はそればかりだ。
 目の前にいる《彼女》は間違い無くティアナだ。

 けれど。

 ……けれど。


「ティアナ。お前、今自分がどういう状況か、わかるか……?」


 恐る恐るクラウスが問いかけるのに、ティアナはこてんと首を傾ける。
 ああ、分かっていない。
 クラウスが己の身体を見るように言う。

 ティアナは不思議そうにしながらも、言われた通りに自分の両手を見下ろし――――。


 頓狂な声を上げた。



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