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暫し二人でベッドに横になっていると、ティアナが不意に身を震わせた。
頭を撫でてやると気持ちよさそうにして目を伏せる。程無くして、静かな寝息を立て始めた。
僅かに赤みを帯びた頬に触れ、有間は唇を歪める。
「気付くのが遅くなってごめんよ、ティアナ」
違和感を覚えた時点で察するべきだったのだ。
悪化しなければ良いのだが……。
ティアナの寝顔を見つめ、有間ははあと細く吐息を漏らした。
そうして、己の額に手をやる。
っていうか、まさかうちも熱があるなんて思いもしなかったな。
風邪を引いたことなんて……多分一回きりだった筈。
カトライアに住むようになって、緊張感も無い国柄と温暖な気候に馴染めずに体調を崩したんだっけか。倒れた時運良くベリンダがいたからすぐに対処してくれたものの……身体も自覚していた以上に弱っていたらしく、一週間以上と随分長引いてしまった。
確かにクラウスもその時いたのだけれど……良く、うちが風邪引いてるって分かったな。あれってもう相当前なのに。
記憶を手繰り寄せようとすると、有間も咳き込み始めた。
クラウスに言われてようやっと自覚したからか、身体がここぞとばかりに不調を訴えてくる。
何か、物凄く嫌な予感がした。
「もしかしてうち……ティアナより酷かったりして」
いや、まさか。
こちとら極寒の地で暮らしてた邪眼一族なんだぞ。
有り得ないと自身に言い聞かせ、有間は目を伏せた。
ややあって、睡魔が有間の意識に歩み寄ってくる。
その腕に抱かれるまで、さほど時間はかからなかった。
‡‡‡
「入るぞ、アリマ。ティアナはどう――――」
扉を開けて部屋に入ったクラウスは動きを止めた。
その後ろからルシアが顔を出し、ベッドの様子に目を丸くした。
クラウスがベッドに近付けば後ろにいた彼らもついてきた。
ベッドを覗き込んだクラウスが眉根を寄せた。
「何? もしかして寝ちゃったの?」
「そのようだな。やはり、体調があまり良くなかったんだろう」
「なんだよ、せっかく作ったのに……」
クラウスの持つ盆の上で湯気を立てるアルフレート特製のスープを見やり、シルビオが残念そうに言うのに、ルシアがキツく咎めた。
アルフレートはクラウスの隣に並び、二人の寝顔を覗き込む。そしてクラウスと同様に有間に皺を寄せた。
「クラウス。アリマの方が、」
「そのようです」
眼鏡を押し上げてクラウスは吐息をこぼした。
「ティアナの看病と家事を引き受けると言ったお前が、一番酷いじゃないか……」
有間の寝顔は非常に苦しげだった。
朝とは打って変わったティアナ以上に悪い顔色に、アルフレートは彼女の頬を撫でる。熱い。
「ティアナよりも、アリマの方が長引きそうだな」
クラウスの独白に、シルビオが食いついた。
「え、マジで? じゃあティアナがこいつよりも先に治ったら――――」
「僕が代わりに君を始末してあげるよ。そうしたら、アリマも喜ぶよね」
エリクがシルビオに微笑みかける。
笑顔から感じる圧倒的な重圧にシルビオは青ざめて壁際まで後退した。
エリクも眠る二人の姿を覗き、「お大事に」とそっと声をかけた。
「出よう。病人を起こす訳には行かない。特にアリマの身体には暫く注意しておいた方が良いとイサ殿の言葉もある。二人に無理はさせるな」
「ああ」
アルフレートが応じ、エリクの肩を叩く。
エリクはそれに頷いてベッドを離れる。
最後に出たアルフレートは、扉を閉める前に二人を振り返り、小さく「お休み」と声をかけた。
‡‡‡
物音が聞こえて、有間は目を覚ました。
身体が怠い。熱い。
ああ、嫌な予感が的中したのかとげんなりとしつつ、部屋を見渡す。誰もいなかった。
気の所為かと再び横になろうとすると、扉が数度ノックされた。
「ティアナ? 起きてる? 入るわよ」
「この声は……」
ゲルダだ。
有間は首を傾け、ティアナを起こした。
「ん……アリマ? 顔、凄く赤い……」
「ゲルダが来たっぽい」
「え、ゲルダが?」
ティアナが上体を起こすのと同時に、扉が開く。
そこから現れたのはやはりゲルダで。申し訳なさそうに入ってきた。
「ごめんなさい、起こしてしまったかしら」
「ううん、大丈夫。でも、急にどうしたの?」
「シルビオに呼び出されたのよ。あなたたちが風邪をひいたから、薬を調合して欲しいって」
ティアナは有間を見やり、そっとベッドに寝かせる。大丈夫だと手を伸ばすが、眩暈がして途中で降ろした。
「アリマの方が酷いって聞いていたけど、相当ね。イサが心配していたわ」
「……イサさんは来ていないの?」
「ええ。ヒノモトの情勢が不安定みたいで、私と同時にヒノモトに発ったわ。あの人のことが心配だろうから、すぐに戻ってくるだろうけれど」
「そう……ごめんね、ゲルダ。せっっかう来てくれたのに、お茶も出せないなんて」
ティアナそう言うのに、有間は溜息をついた。病人だって自覚が無いのか、この娘は。
呆れたのはゲルダも同じのようだ。
「あなたね……そんなことは気にしなくていいから、病人は大人しく寝ていなさい」
ティアナは神妙横になる。
ゲルダはティアナの頭を撫で、有間の額に手をやる。その熱だけでも、彼女の顔が歪んだ。
「あなたもだけど、アリマの熱も相当高いみたいね。苦しいでしょう。でも、安心しなさい。私が特別に調合したこの風邪薬さえ飲めば、すぐに治るはずよ」
「え……死なない? 悪化しない?」
「殴るわよ」
「ぅに」
むに、と頬を摘まれた。
「確かに私は、魔女としての技術と才能はないけれど、薬の調合だけは別よ。あの店でずっと色々な薬を売って来たけれど、苦情になったことなんて一度もないわ」
自信満々に言って、懐から取り出した小瓶を枕元に置いた。
「はい、受け取ってちょうだい。あなたたちのために特別に調合したんだから。アリマのは少し強めにしてあるわ。だから色が濃いの」
「この瓶の中身を飲めばいいの?」
「そうよ。味はちょっと独特だけど、それくらいは我慢してもらわなきゃ」
美味そうな気はしない色だ。
早く飲むようにと急かしてくる――――見届けないと帰れないらしい――――ゲルダに、毒味代わりだと有間は重い身体を起こしてゲルダの言った来い薬の入った小瓶に手を伸ばした。一応ゲルダに確認して蓋を開け、一気に飲んだ。
暫しして、
「ど、どう……?」
「最高級の漢方薬飲んだみたいな感じ」
「えーっと」
とにかく、苦い。
頗(すこぶ)る苦い。
うえ、と舌を出す。
しかしゲルダは安堵した風情で微笑んでいた。
ティアナはゲルダを見上げ、意を決したように小瓶を持つ。そして有間と同じように一気に呷った。
顔が歪む。だが、有間の方がもっと苦かった筈だ。
「ふふ、あなたたちが風邪をひいたって聞いて、私もちょっと心配したけど、もう大丈夫ね」
「ゲルダ……」
有間とティアナの身体に優しく布団をかけ直し、ゲルダは二人の頭を按撫した。
それを少しだけ安堵したような様子で享受していたティアナは、ぽつり。
「なんだか今日のゲルダって……お母さんみたい」
ゲルダは瞠目した。
「なっ……ちょ、ちょっと、変なことを言うのは止めなさいよ。お母さん、だなんて……!」
「ご、ごめんなさい……! そうよね、ゲルダは私とそんなに歳も離れてないんだし……」
「まぁ……少しは甘えてくれる気になったなら、嬉しいけど」
――――お母さん、みたい、か。
有間は二人の会話を遮断した。
だって、分からないもの。
親の話題を拒むように、有間は目を伏せ、自ら睡魔を招き寄せた。
親って、何なんだ。
そう、誰にとも無く問いながら。
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