「なんだ、まだできてねーのか? 仕方ねぇから、」

「あっごっめーん有間手が滑っちゃったぁー!!」


 パン。
 何処をどう滑らせたのか、語尾にハートが付きそうな声を出しつつ有間は懐から取り出した馬上筒を闖入者(ちんにゅうしゃ)に発砲した。

 しかし闖入者は猫のようにしなやかに俊敏に回避してしまう。

 舌打ちして懐に戻しつつ手袋を外そうとすると、さすがに止めろとエリクとアルフレートに横合いから手を押さえられた。


「ちょ、ちょっとシルビオ!? いつの間に……!!」

「玄関で呼んでも誰も来ねーから、勝手に上がらせてもらったぜ」

「何故そのまま帰らなかったクソ猫」


二人の手を振り払って手袋を引き抜こうと指先を噛むと今度はクラウスに頭を強く押さえつけられてバランスを崩しかけた。奇声を上げてしまった。


「今日は朝っぱらから、ずいぶん来客が多いな……ていうか、お前は何しに来たんだよ」

「何って、朝メシ食いに来ただけだけど」


 さらりと返すシルビオに、ルシオは声を荒げた。


「はぁ!? アホなこと言ってんじゃねぇ! ここは食堂じゃねーんだぞ!? だいたい昨日の夜だって、晩メシを食いに来たとか言って、図々しく上がり込んだばかりじゃねーか!」

「あのな、図々しく居座ってるのはお前たちだって同じだろ?」 今更一匹増えたくらい、気にしないよな? ティア――――」


 一瞬である。
 有間はシルビオの背後に立ち、彼の後頭部に馬上筒の銃口を押し当てた。


「おぃぃ兄ちゃんよォ……オレァ昨日何度も言った筈だよなァ……二度目は無ェ、次は死ぬつもりで来いやってなァ?」

「ちょ、落ち着けって! オレ一人で薬屋やってんだぞ!? これくらいの贅沢させてもらったって良いだろ?」

「……アリマ、お前性格が変わってっぞー」

「ティアナの風呂覗こうとしといて敷居を跨ぐんじゃねえぞエロ猫がぁぁぁ!!」

「ちょ、あれはお前の所為で未遂に終わったろ!?」


 発砲する有間を、しかし周囲は誰一人として止めなかった。有間が殺気立っているのを止められないと分かっている上、見過ごせぬ事実を聞かされた故だ。
 そして同時に、有間が朝から苛立っていたのはこれもあったのかと納得する。


「アリマ、やれ」

「やるなら存分に、容赦なく、ね?」

「おいお前ら、オレの後ろには立つなよ。間違って撃っちまうからな……」

「クラウス、アリマの様子が少しおかしいようだが……」

「……まさか」


 アルフレートの指摘に、クラウスが何かに気付いたように眉根を寄せて有間に歩み寄ろうとした。

――――と、不意にティアナが咳き込んだのに有間が素早く反応を示す。シルビオの股間を蹴り上げて、《平然》としてティアナに歩み寄る。
 口を押さえて咳をするティアナの額に手を当て、目を細めた。素早くティアナの身体を抱き上げた。


「え!? ちょっと、アリマ!?」


 彼女の行動にマティアス達が不穏なモノを察知し表情を変えた。
 クラウスが慌てるティアナの顔を覗き込むのに、


「クラウスさん、ティアナ風邪引いてる。部屋に運ぶから手伝って」

「風邪って、そんな……」

「分かった」


 さっきから様子がおかしいと思ってたら……。
 有間は呟き、クラウスに先導されティアナの私室へ駆け込んだ。

 まだ風邪であることを否定するティアナをベッドに寝かせ、再び熱を計る。
 平熱より結構高い、か。
 今から風邪薬を作るか――――いや、今の季節、代用している草は生えていない。おまけに運悪く、乾燥させて保存した分が残っていると勘違いしてこの間サチェグやココットに全部譲ったばかりだ。


「ティアナ、もしかして昨日から何処か具合が悪かったりした?」

「ええと……何となく、咽が痛いなって思ったけど……」

「その時に言えよな」


 ティアナの額を小突き、有間は思案する。

 薬を出そうとしない有間に、クラウスが怪訝そうに声をかけた。


「アリマ、お前の薬は?」

「ごめんけど、うちの作った風邪薬はもう無いよ。こないだ切らしちゃってさ。作ろうにも代用してる草は今の季節は生えてない。他に代用出来る草は見つかってないし……。このまま安静にさせておくしかないかな。倒れる程酷くはないんだし、静かに寝て休んでいれば二・三日で良くなるよ。その間はうちが仕事休んで家事をするから」

「そ、そんな、悪いわ! 私なら大丈夫だから――――」

「うなじに手刀一発と鳩尾に拳一発、どっちが良い?」

「……ご、ごめんなさい」


 再び青ざめたティアナに、有間は苦笑する。
 彼女の頭を撫で、早口に聞き慣れぬ言葉を紡ぎ出す。


「オンハサラクッタ・マカハラニカナウカ・フンシッフン・ビキツビマノウセイ・ウシンボ・クッタウンムハッタハッタハッタ・ソワカ」


 それを四回程繰り返し、不思議そうなティアナにヒノモトの呪法であると説明した。


「呪法っていっても万病治してくれる奴ね。……まあ、本当は四十万回誦(ず)さなきゃいけないんだけど。聞いてる人は気味悪いだろうし、取り敢えず四回だけ」


 くしゃりと頭を撫でて、有間は立ち上がる。クラウスを振り返り、


「今日は家事しながらになるけど、一日うちが看てるよ。クラウスさん。忙しいところ申し訳ないけど、今日一日マティアス達がこっち来ないように見張っといて。邪眼は左右共常に万全でお待ちして致しておりますと言っとけば、来ようとはしないだろ」


 手袋を剥がし、クラウスに手渡す。
 けれどもクラウスは有間を見下ろし、その額に手を伸ばした。


「あれ? 何でうち?」

「……お前も、熱があるようだが?」

「マジで!?」

「え、本当なの、クラウス!?」


 クラウスは「お前達は……まったく」と吐息を漏らし、手袋を返して有間をティアナのベッドに無理矢理寝かせた。


「二人共、今日は一緒に寝ていろ。家のことは俺達に任せて置いてくれれば良い」

「いや、クラウスさんはともかく、他の面々が酷く恐ろしいんですけど」

「……、任せておけ」

「ちょっと今の間! 今の間!!」

「……危険だと判断すれば、アリマを呼ぶ。それで良いな。その時の為に休んでいろ」


 クラウスも、下にいる王子と猫に不安を感じたに違い無い。
 有間は危惧しつつも、ティアナを振り返って、苦笑を浮かべた。



 この二人、これから大事件が起ころうなどと、予想だにしていなかった。



.

- 129 -


[*前] | [次#]

ページ:129/140

しおり