中庭でアルフレートの鍛錬を見物していた――――それだけではないことは有間が視認している――――エリクは、兄弟達の手に余っているようだ。
 垢抜けた――――ではなく、本来の姿に戻ったエリクは、それはもう質が悪い。サニア以上に。
 その被害に遭うのは決まってルシアかアルフレートだった。

 正直……面倒臭い。

 出て行けと言うクラウスに、エリクは赤い目を細めて、伏せた。


「……まぁ、クラウスが本気なら、こっちにも色々と考えがあるけどね」

「……考え、ですか?」

「僕たちにとっては、ローゼレット城より、ここの方が居心地がいいんだ。警備上の問題も、さっき言った通り、僕たちが城に滞在する利点は無い。彼女の好意に甘えてるってのは、クラウスの言うとおりかもしれないけど、どのみち僕たちがファザーンやザルディーネに帰るのは、そんなに遠い日の話じゃない。後ほんの少しだけ、大目に見てくれないかな?」

「……それでも、受け入れられないと申し上げたら、どうなさいますか?」

「ファザーンが持つ外交上の特権を最大限に駆使して、カトライアに圧力をかけることになるけど」


 クラウスが目を瞠るのに、有間はそこでようやっと新聞を閉じた。


「エリク。そうするならうちから言うよ。即刻出て行って。そういうの、確実にティアナの迷惑になる」

「アリマ……!」

「さすがにそういう職権乱用、良くないと思うけど」


 新聞を叩きつけて立ち上がると、エリクが苦笑する。傷ついたようなそれに、ティアナが慌てて有間を宥めた。
 それが八割演技だと分かっている有間はそれを手で制す。


「朝からずーっと苛々してたんだよねぇ。クラウスさんも大変そうだし。だからうち、朝っぱらからの会話、クラウスさんとティアナとうち以外の会話録音しちゃった。クラウスさんに渡しておくね」


 わざと、高い声で言ってやる。
 彼女が手にしていたのは小さな巻き貝だ。淡く発光しているそれは、薄く文字のようなものが浮かび上がり、今でも録音中であることを示している。
 本当はティアナが来た辺りからこっそりとしていたのだが、クラウスの苦労を慮(おもんぱか)って敢えて『朝っぱらから』とした。

 するとマティアスは渋面を作って、肩をすくめた。


「お前、アルフレートと会えなくなっても良いのか?」

「じゃああんたはお人好しの親友へかかる不幸を見過ごせって? あんたも薄情だね」


 有間は新聞を持ってティアナを呼ぶ。


「今日はクラウスさんと三人で外で食べようか。うちがお金出すからさ」

「ちょ、アリマ……」


 困り切ったティアナの顔は、予想通りだ。
 有間は片目を眇め、クラウス達を見渡した。

 ややあって、溜息。クラウスを呼んだ。


「ティアナは迷惑がってないよ。むしろ、彼女にとっては両親がいない分賑わうのは良いことだろうね。だからこいつらが無理に出て行く必要は無いさ。クラウスさんも、うちがいるんだし、その辺は別に目くじら立てて言わなくても良いでしょ。それと朝っぱらから押し掛けてマティアスとバトルするな二人共すっげー五月蠅い」


 クラウスはマティアスと似たような渋面を作る。
 彼の肩を叩いて宥め、マティアスに視線を向けた。


「で、どうする? クラウスさんもうちも、君の行動如何によっては寛大になってあげるけど。あと一つ言う。お前らの所為で家計が危ういんだよ。ああでもだからって国の金持ってくんなよそれこそ大迷惑だから」

「……分かった。ファザーンには訂正の手紙を送っておこう。それで許してくれ」

「昼と晩飯はローゼレット城で」

「それは」

「昼 と 晩 飯 は ロー ゼ レッ ト 城 で」

「…………分かった」


 不服そうなのはマティアスだけではない。ルシアもエリクもだ。
 だが、家計を知る有間は容赦をしない。何もこの家で滞在するのは許さない訳ではないのだ。居候なら身分を問わず節約に手を貸して然りではないか。


「それに言うけど、ヒノモトじゃ領主の領地以外の長期滞在は罪になる。そういう訳で、ヒノモトじゃ長期滞在するような人間は、仕事じゃまず信用されない傾向が強いんだ。しかもその理由が好きな女ってなると有名な話で南主(みなぬし)の滝英(たきひで)の話にそっくりでさ。これってヒノモトとの外交で結構問題になると思うんだよねー。ファザーンの国王がヒノモトじゃ嫌われ者必至の人物じゃ、ヒノモトもあんたと会う時嫌悪感丸出しなんじゃない? ヒノモトの重鎮って他国のこと結構下に見てるから。ヒノモトに関しちゃ分からんことばっかでしょ、君」

「……肝に銘じておく」


 アルフレートに帰ってもらいたいのかと言えばそうではない。
 いや、彼だけでなく、王子達たそれぞれ帰ってしまえばティアナが寂しがるのは必至だ。
 ならばティアナの為に限界の時までこの家を明るくしてもらいたい。
 ……節約に手を貸してくれればの話だが。

 マティアスににやりと笑って、ティアナを振り返った。


「じゃ、ティアナ朝飯。うちも手伝うから」

「え、あ、う、うん。でも、あの」

「無理矢理終わらせたのに余計に話を拗らせるの止めてくれるかな?」

「うん!」


 にっこりと笑って低い声で言ってやればティアナはざっと青ざめた。
 まだ、有間の中で苛立ちは残っている。



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