「よいしょ……っと」

「ティアナ、これも」

「あ、うん。ありがとう」


 居間に並べた本はかなりの量だった。
 有間はそうでもないが、ティアナが疲労の滲んだ表情でその場に座り込み、額を拭った。

 暫く休ませた方が良いティアナの代わりに、有間が本を束ねていた紐を解いて本を小分けに並べる。

 するとエリクが彼女の隣に立ってぴくぴくと耳を動かしながら本を見渡した。


「うわぁ……これ全部呪いとか魔女に関する本なの?」

「まさか。全部読むとか言わねーよな……」


 本の向こう側で嫌そうな声を上げるのはルシアだ。

 息を整えたティアナが一冊手に取ってぱらぱらとページをめくる。


「すぐに動物の呪い関する情報が見つかれば全部に目を通す必要はないと思うけど……」

「一冊ずつ、手分けして読むしかないな」


 アルフレートの言葉に、ティアナは頷いた。

 ルシアが首を落とすがそれをマティアスが咎めた。

――――しかし、有間は思う。
 彼らは動物である。人間の手のように思うようにページをめくれるとは思えない。まして一名腕は羽と化している。


「……あのさあ」

「なぁに、アリマ」

「そもそも君達、動物の身体で本開けるの?」


 ……。
 無言が返ってきた。



‡‡‡




――――無理であった。

 試しに彼らに本を読ませてみたが、全員が思うようにページをめくれない。出来たとしても非常に時間がかかっている。

 仕方なく戦力外の彼らに本を読むのを止めさせて、ティアナと有間がこの膨大な量を処理していくことにした。

 ティアナは今、動物達に資料を読み聞かせている。
 彼女らから離れた場所で、有間は一人静かに読み進めていた。何かめぼしい物があれば彼らに報せる。

 有間の読書のスピードは早い。目次だけで除外する物もあるし、ティアナがマティアス達に読み聞かせていることもあるだろうが、有間の隣にはすでにティアナの二倍程の冊数が積み重ねられている。
 本当はもっと手っ取り早い方法があるのだが、その方法は人目がある以上は使えなかった。


「アリマ、こっちの本はもう読み終わったの?」

「ん? ああ、うん」

「じゃあ片付けるね」


 てっきりティアナの音読を聞いていたとばかり思っていたエリクが、読み終わった分の本の塔に手を当てて有間を見上げてくる。
 そこで、彼が本の整理を買って出ていたのを思い出した。

 エリクが取りやすいように本の塔を半分に分けて置くと、彼は本をしっかりと抱えてよたよたと持って行った。……大丈夫か、あれ。


「アリマ、そっちはどうだ」

「んー。そっちでティアナが話してるようなもんと似てる話ばっかりだよー」


 西の強国ルナール帝国に最後に生き残った魔女がいる。
 それは有間もカトライアの外で聞いたことのある話だ。

 だが、魔女という存在は身体の一部を魔界に捧げてなりうるものであるとは知らなかった。
 素養の無い人間が術士としての力を振るう為に鬼と行う契約――――第一禁呪と同じじゃないか。

 禁呪とは革命直後に定められた、使ってはならぬ危険な呪術の総称だ。第一を最高とし、第五までに分類される。邪眼一族の呪術は対象外ではあるが、知られれば確実に禁呪扱いとなろう。

 魔女の世界にも、禁呪と同じ扱いの魔術ってあるのかな。
 そんなことを思いながら、彼女は再び本に目を落とした。

 そうしながら、不意にティアナがマティアスを呼んだのに、耳を傾ける。


「ねえ、マティアス。このルナール帝国の魔女に、なんとか会う方法はないかな」

「……難しいな」

「難しい? どうして?」


 そも、カトライアはファザーンの属国である。
 ルナールとは幾たびも戦を繰り返したファザーンの属国から入国する人間を、ルナール側が許すであろうか?


「でも、探せば何か方法があるんじゃないかな。」

「入国が難しいのは分かるが、こんなこと魔女でもなければできないだろう」

「そうだよ。この大陸に魔女が一人しかいないなら、どう考えたってそいつじゃねーか」

「落ち着け。たった一冊の本の情報を鵜呑みにしてどうする。ルナールの魔女は確かに気になるが、他に何か情報がないか、もう少し調べた方がいい」


――――あ。
 有間は声を漏らした。
 本に気になる記述を見つけたのである。

 そこには、《贈眼(ぞうがん)と魔女》というタイトル。
 贈眼とは邪眼一族の元々の名称であった。今ではすっかり呼ばれなくなってしまった名前だ。まさかこんな本で見つけるとは。


「どうした?」

「ああ、いや。ヒノモトの邪眼一族と魔女についての記述があったからね」

「じゃがん? なぁに、それ」

「ヒノモトでは化け物扱いされた一族だ。呪術の飛び交うヒノモトの中でも異質な一族と聞く。今では全て討伐されたらしいが……」


 そこで、ティアナが表情をかげらせた。


「あ、あの、マティアス……」

「そうだね。ま、この本には魔女の魔術と邪眼一族の呪術には似たものが幾つかあるって書いてあるだけみたい。勿論、血生臭いものね」


 もう気になるところは無いと、本を隣に置く。

 ティアナが口パクで謝った。それに、有間は緩くかぶりを振ってみせる。
 マティアス達は有間が邪眼一族であることを知らない。そしてそれが、世の邪眼一族の認識だ。
 だから、これは仕方のないことなのである。ティアナが謝る必要は無い。


「魔女と邪眼一族で共通の魔術、か……俺達がかかった魔術がそうだとは考えられんな」


 有間はこくりと頷いた。
 それからまた別の本を取り――――先程の本の二巻目であることに気付く。

 これじゃあ期待出来そうにないなぁと目次を開いた次の瞬間。


「……は?」


 顎を落とした。



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