『取り敢えず、アルフレート殿下と付き合いましょう』


 サニア相手に拒否権なんて無い。それは今までの経験で十分に分かっている。逆らえば死ぬと言うことも、十二分に。
 いや、けどなぁ……。
 付き合えって、無理だろ。
 でもサニアに従わないと……彼女の折檻(せっかん)が待ってる。

 グロースの丘を歩きながら、有間は身震いした。
 サニアの折檻は、遠慮したい。一度も受けたことは無いが、《あの》サニアなのだ。折檻が終わった後、自分の精神が無事でいられるか分かったものではない。
 後ろを歩くアルフレートの気配を感じながら、有間はげんなりと溜息を漏らす。

 唐突に足を止めて、アルフレートに向き直った。後頭部をがりがりと掻く。

 アルフレートは困惑した風情で首を傾け、有間を呼ぶ。
 それだけでも落ち着かないのは、恋情故のものだと断じるサニアの声が、当時の恐怖をいやが上にも思い出させてしまう。
 付き合えと言う命令には逆らえない。
 が――――。

 片手で顔を覆ってちらりとアルフレートを見やる。
 どうしてこんなところまで連れ出されたのか分かっていない彼は、何処か気まずそうにしていた。気まずいのはこちらも同じことなのだが。


「あー……のさ、」

「あ、ああ……」


 ……。
 ……。
 ……ちょっと待て。
 ……こういう時って何て言えば良い訳?


「さっきの、薔薇の、こと……なんですが」

「あれは気にしなくて良い。花も生き物だ。必ずしもそうと決まった訳では――――」

「あー……いや、そうじゃなくて……もし、もし、さ」


 本当かもしんないって言ったらどうする?
 恐る恐る言うと、アルフレートは固まった。

 えっとなって半歩退がると、ややあって、顔が爆発する。それに驚いて有間は仰け反った。


「いや、言っとくけど誘導尋問で出された奴だからほんまにそうなんかは知らんで」

「あ、ああ。分かった……」

「分かってる顔ちゃうんですけど?」


 「ほんま分かってる自分?」問いかけると、待ったをかけるようにアルフレートが右掌を前へと上げた。

 マズったかと有間も有間で羞恥に顔を赤らめる。サニアの折檻かと思うと背筋が凍る。
 眉間を押さえながらアルフレートの出方を窺うと、彼は暫くしてようやく調子を取り戻したようで、有間に謝罪して姿勢を正した。


「すまない。……我を失いかけた」

「は?」

「い、いや、何でもない」


 慌てて取り消すアルフレートに、有間は眉根を寄せる。

 アルフレートは深呼吸を一つして、有間を強く見据えた。


「オレは、アリマのことが好きだ」

「……」

「これは、本当のことだ。オレ自身がよく分かっている」


 有間は一歩後ろに退いた。
 何でこんな、さらっと言えるのかね。
 文化の違いだろうかと、心の中で頭を抱える。

 そんな有間に気付かないまま、アルフレートは言葉を続けた。


「本当に、アリマがオレが好きでいてくれるなら、これ以上嬉しいことは無い。だが、真偽が分からないと言うのなら、オレの感情をお前に押し付けるようなことはしたくない」

「……さいでっか」


 とどのつまり、何を言いたいのか。
 有間はアルフレートから僅かに視線を逸らしながら、アルフレートの言葉を待つ。そわそわと落ち着かないのは、双方同じである。

 アルフレートは更に何かを言おうとして、渋面を作り口を閉じた。


「……すまない、マティアスなら上手く言えたのかもしれないが」

「いや……あいつからその類の言葉聞くくらいならサニアの折檻受けた方が遙かにまし」

「折檻?」

「いいやこっちの話」


 へら、と力無い笑みを浮かべて見せ、片手を振って誤魔化した。

 アルフレートはそれに納得しつつ、どう言おうかまだ迷っていた。余程言うのが難しいことなのだろか。

 有間は暫く彼の様子を窺い、恐る恐る一つ提案した。自分にとっては死刑宣告にも等しい提案だ。


「いっそさ、その……保留……っつー形取らない? うちの方がはっきりするまで」


 どれだけの時間がかかると思っているのか。
 サニアやクラウスがいれば即座に却下されようなものである。
 だが、どうにもアルフレートの様子を見ていると、このままサニアに従うのも間違いであるような気もしてくる。

 それに、分かってないんだからアルフレートに失礼に当たるし、うん。
 心の中で言い訳して、アルフレートの返答を待った。

 すると、彼は安堵しているような、しかし少し残念そうな顔で微笑んで、頷いた。


「アリマがそれで良いなら、それを尊重しよう」

「そりゃ、助かる」


 ……いや、手酷い折檻が待ってそうなものだけど。
 サニアにどう良い訳するか考えながら、有間はアルフレートの脇を通り過ぎた。


「取り敢えず帰ろう。クラウスさんがティアナ達に何か吹き込んでるかもしれないし……」


 ぴたり。足を止める。
 ……ヤバい、有り得そう。物凄く有り得そう。
 有間はアルフレートの腕を掴んで駆け出した。


「アリマ!?」

「ティアナに勘違いされるのがいっっちばん面倒臭いんだって!!」


 好きかもしれない相手の腕を掴み、有間はカトライアの町並みへと全力疾走する。


 その後ろで、アルフレートは困惑しつつも、心の中でほっと吐息を漏らすのである――――……。



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