クラウスは、小劇場にいた。
 小劇場から出てくるのを、背後から近付き、背中に馬上筒を押し当てる。

 彼も、相手が有間だとすぐに分かったようで、呆れた風情で嘆息して眼鏡を押し上げた。


「抗議に来ることは予想していたが、意外に早いな。もう身を固めたのか」

「誤解招くからその言い方止めろ。ってか勘違いだから。完全に無辺世界さまよってるからあんたの頭」

「お前にだけは言われたくない」

「何だとこのやろ――――ぶふっ!?」


 一瞬の隙を突き、クラウスは身を翻し有間の口を塞いで小劇場へ連れ込む。有間にクラウスを撃つ意思が無いと分かった上での行動だった。
 それを回避出来なかった有間はずるずると観覧席まで引きずられ、椅子に強制的に座らされた。

 抗議に声を荒げるも、頭を撫でられて宥められた。

 クラウスは憮然とする有間の前へ椅子を引いて腰を下ろす。


「それで、どうだったんだ。薔薇は咲いたのか」

「……」


 有間は無言で顔を逸らした。が、その顔はしっかりと赤らんでいて。
 咲いたのだと、クラウスは察した。
 別に、あの伝説が手放しで信用出来るものであるとは、クラウスも思っていない。
 けれども、何せこの有間だ。あれで自覚させなければ今後絶対に認めないだろう。

 恐らくは、薔薇の開花を見るまで、気付いていなかっただろうから。
 あの時――――小劇場からクラウスを置いて薬屋へ急行した有間が、クラウスやマティアスが戻った時に頗(すこぶ)る機嫌が悪かったのは、折悪くアルフレートが鶯と二人きりで、彼女を慰めていたからだと言う。鶯が懺悔しながらクラウスに話したことだから、間違いは無い。

 これを聞けば、誰だって思うだろう。
 それは絶対に嫉妬だと。
 だが、クラウスの知る限り、有間は恋愛経験が無い。そう言ったものに乙女らしい興味を抱いたことも、恐らくはない筈だ。

 ヒノモトを逃げ回っている時はなどはさすがにそのような余裕は無かっただろうし、身近に恋愛対象になる異性はいなかっただろう。

 ……いや、それを言えばティアナも有間に近いだろうが、彼女はれっきとした女だ。有間と違ってしっかりと己の想いを自覚していた。その上で、マティアスの傍を死に場所に選ぼうとしたのだ。

 有間は、ティアナとは違う。
 非常に厄介な小娘だ。
 クラウスは眉間を押さえて長々と嘆息を漏らした。


「アルフレート殿下と共にいて、何か無いのか」

「な、な何かって何だよ」

「どもる程の心当たりがあるなら言え。拒否権は無い」

「ちょっと待って何でそんなぞんざいなんですか。何でそんな面倒臭そうに横暴なこと言うんですかクラウスさん」

「実際面倒だと思っている」

「だったら言うなよ……」


 椅子を立ってその場を去ろうとすると、すかさず背後から肩を強い力で押さえつけられた。
 ぞわり、悪寒。
 とてつもなく嫌な予感がした。顔を上げたいが、上げたら確実に一生が終わるような気がする。

 表情を強ばらせて、有間は冷や汗を流す。


「……クラウスさん、話はよーぅく聞かせていただきました」


 後は、私達に任せていただけません?
 張りのある流麗な高い声が、楽しげに転がる。

――――嗚呼、うち死んだ。
 美しい死刑宣告に、有間は血の気を失った。



‡‡‡




 尋問を買って出たのは、サニアとココットだった。
 ココットはまだ良い。だが主導するのはサニアであり、彼女はとんでもない腹黒なのだ。

 形容し難いモノに威圧され、《正直》に話すことを強要された有間は、終始蛇に睨まれた蛙の心地だった。
 いつ死ぬのか分からない、そんな逼迫(ひっぱく)した彼女を、クラウスは傍観するだけで助けてはくれなかった。
 正直に話さないと床に包丁を突き立てられる。
 正直に話そうとしてもサニアのお気に召さないものだと思われたら床に包丁を突き立てられる。
 もう、どうすれば良いのか分からなくなってしまった。

 拷問よりも辛く恐ろしい尋問の後、有間はテーブルに突っ伏して意味も無く、呻く。


「……地獄だった」

「良かったな。最終的に結論は彼女達が出してくれたぞ」

「……五月蠅い眼鏡」


 サニアに散々抉られた額をごりごりと押しつけて、有間はふと動きを止める。
 そして、クラウスに顔を向けた。


「恋愛って何さ」

「……俺に聞くな」

「あんた人だろ。サニア曰く、恋愛は人の営みなんだろ?」


 自分は人ではないから理解出来ないとでも言いたいのだろうか。
 だがそう言った感情は邪眼一族とて持っていた筈だ。でなければ子供は生まれない、子供が産まれていなければ、子孫で繋がっていなければ、クラウスもティアナも、有間には出会えなかっただろう。

 それを言えば、有間は顔をしかめた。


「理解が出来ない」

「……なら、アルフレート殿下に教えてもらえ。自分の気持ちははっきりとしたんだ、それを話せば良い」


――――でないと、次どんな目に遭うか分からんぞ。
 先刻のサニアの恐ろしく妖艶な笑みを思い出しながらそう言ってやると、有間は椅子を倒して立ち上がり、ばたばたと大急ぎで逃げ出した。余程、サニアが怖いらしい。

 サニアの逆鱗に触れる前にと小劇場を出て行こうとした有間はしかし、扉の手前で奇声を上げた。

 何事かと見やれば、丁度アルフレートが扉を開けたところらしい。
 逃げだそうとした彼女を、裏方から顔を覗かせたサニアが呼ぶ。

 その時の、有間の顔と言ったら無かった。思わず、同情してしまうくらいに怯えきっていた。


「ちょ、ちょっと話があるからこっち来て!! でないと死ぬ!?」

「アリマ!?」


 腕を掴んで、困惑するアルフレートを引っ張り出す彼女に、サニアがにこやかに片手を振る。
 それから、サニアはクラウスに片目を瞑ってみせた。

 刹那、背筋が震えたのは、有間と同じ理由だろう。



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