ちょっと待てぇぇ!!
 有間は雑踏の中を走り抜けながら荒れ狂う己の心中で叫んだ。

 何で、咲いたんだ。
 いやいやいや咲く訳ないだろ。普通に考えて咲かないだろ!
 混乱を極める頭の中は真っ赤で、それがどうにも恥ずかしくて仕方がない。

 自分がアルフレートを?
 有り得ない。
 絶対に有り得ない。

 だがあの薔薇は魂が奇形なこともあり、真実味の濃い伝説を有している。

 いやが上にも、そういった気があったということは、否めない。
 まさか、本当に……?


「い、いやいやいや気持ち悪いだろそれーっ!!」


 キンバールトの森に飛び込み頭を抱えて叫ぶ。
 ティアナじゃあるまいし、自分が色恋沙汰なんて気持ち悪い悪すぎる。
 切り株に腰を下ろして深呼吸を繰り返す。胸を撫でながら、ばくばくと早鐘を打つ心臓が落ち着くのを待つ。

 異性として好きになる理由が無いじゃないか。
 有り得ない有り得ない。
 首を左右に振って否定する。
 色恋沙汰に関わりがあるのはティアナやロッテ――――平和な世界の住人だけだ。邪眼一族の自分には縁の無い、ものだ。

 だのに、あの薔薇が。
 初めてこの国の花が恨めしく思えた。

 有間は後頭部を掻いた。
 地面を見下ろしてアルフレートの反応をどうかわすか思案する。


「貰った薔薇開いたのきっちりかっちり見てるからなあ……」

「それってもしかしてカトライア名物の薔薇の伝説?」

「ああうん。それ――――」


 ……。

 ……。

 ……。


「あ゛あ!?」


 切り株から立ち上がって素早く身を翻す。
 身構えて闖入者(ちんにゅうしゃ)を見て――――拍子抜けする。

 久しく見る彼は緩く瞬きを繰り返してこてんと首を傾けた。


「アザマ、好きな人出来たの」

「クルトさん。アザマじゃなくて有間です。違います出来てません。そんなもん出来てません。出来る訳がありません」


 言葉を重ねて強く否定するが、彼――――クルトは有間の顔を指差し、顔が赤いと指摘する。
 そんな筈がないだろうと顔に手を当てると、思いの外熱い。
 いやいや、有り得ないってばだから!!
 両手で頬を押さえて否定し続けていると、クルトはにんまりと笑って目を細めた。


「なんだ、やっぱり。良かったね」

「違うんですってば!」

「でもあそこの薔薇の話って本物だって聞くよ?」


 有間はまた頭を抱えた。
 だから、本当に違うんだ。
 気の所為。
 或いは薔薇が何かしら勘違いしたのだろう。植物にだって意思がある。何かしら手違いがあるかもしれない。いや、きっとそうだ。そうに決まっている。

 頑然と否定し続ける有間を、クルトはしかし面白そうに眺める。


「まさかアサマがなんてねぇ」

「アサマじゃなくて有間ですから。本当に違うんですからね」

「じゃあ、その人のこと、嫌いって言える?」


 うちで働いてる女の子が、そんな風に聞かれてたんだ。
 その少女が有間と似たような顔をしていたと言われて有間は片手で顔を覆ってクルトから背けた。

 「言ってみなよ」なんて促されて、困惑する。
 そんなの言えないに決まっているじゃないか。……いや、変な意味じゃなく。
 これがルシアやマティアスだったらノリ次第ではごく普通に言えるとは思うけれど……。

 ……いやだからそう言う意味で言えないんじゃないんだってば。


「だから、さぁ……」

「さっきより強く言えなくなってるよ、アリマ」


 ニヤニヤ。
 サチェグと被る。
 反射的に拳をぐっと握ると、クルトはにこやかに身を翻した。


「じゃ、薬草探さないといけないから!」

「ちょ、待――――」

「アリマ!」


 げっとえずく。
 聞き覚えのありすぎる声だ。そして今一番聞きたくなかった声でもあった。


「あ、アリマの好きな人ってあの人? 頑張ってね」


 クルトは有間の肩を叩き、足早にその場から逃走した。
 追いかけようにも、聞こえてくる声に足が縫いつけられたように微動だにしなかった。

 おいおいおい……!
 冷や汗を垂らす有間は人形のようにぎこちなく振り返り、口端をひきつらせた。


『もう認めちまえば良いのによー』


 頭の片隅で、自分とよく似た声が聞こえた気がした。
 それは呆れたようで、面白がっているようで――――何処か、懐かしくも感じたし、強く拒みたかった。



‡‡‡




 小劇場。


「どーも、クラウスさん。任務は無事完了しましたよ」


 わざとらしい敬礼をして、サチェグは悪戯っぽく楽しげ笑う。否、実際楽しいのだろう。

 貴賓(きひん)用のバルコニーに立って腕組みしていたクラウスは彼を振り返り、言葉少なに労い謝罪した。


「いえいえ。同僚の恋の為なら協力は惜しみませんよ。ま、あの薔薇の木の蕾を殿下に渡すのは冷や冷やモンでしたけど、クラウスさんの頼みとあれば、逆らうのもアレですし」

「助かる。お前にはもう頼みごとをすることは無いと思っていたのだがな」

「それは俺もですよ。まさか親父と同郷の女の子に頼まれて法王陛下の護衛させられるなんて思いもしませんでした。まあ、あの人が元気そうな姿を見れて嬉しかったんですけどね」


 楽しげだった笑みに苦みを加え、肩をすくめる。

 クラウスは再び謝罪した。


「傷はどうだ」

「あはは、去年の傷なんてもう治ってますよ。こっちで楽しく働けるくらいに元気です。《本業》も、やろうと思えばいつでも良いッスよ。恩人のクラウスさん限定で」

「いや、無い」

「そうですか。まあ、無い方が良いんでしょうけどね。それに、アリマも親父さん――――の親友と再会出来たらしいですし。この辺で俺はお役御免ですかね」


 怪訝に眉根を寄せるクラウスに、サチェグはふふんと得意げに胸を張って鼻を鳴らした。


「俺にかかれば、この程度の情報はすぐに集められるんスよ。それはクラウスさんも昔から分かってっしょ」

「そうだな。だから、法王陛下が面白がってお前を召し抱えたのだったな」

「そうそう。これから先も、カトライアの為になることしかしませんから、ご安心を。それだけの恩がありますし。それに、アリマと同じで、俺もカトライアが結構気に入ってるんでね」


 片目を瞑って、サチェグはクラウスに背を向ける。彼の《本業》を知らぬ幼なじみの手伝いで花を配って回っているというのは、本当なのだった。
 クラウスは足早に貴賓席を立ち去る彼の背中を見送り、眼鏡を押し上げた。


「……お前もお前で、上手くやれているらしいな」



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