「ああどーも、アルフレート殿下」


 小走りに三人に駆け寄ってきたのはアルフレート。

 サチェグが頭を下げると、アルフレートは一瞬遠い目をして、彼を思い出す。


「……確か、小劇場の、」

「サチェグっス。って、俺みたいなのは三日もすりゃ忘れちまうかもしんねえですけど」


 たははーと、へらへらするサチェグに、アルフレートはしかし首を横に振る。


「いや、アリマの友人なら、忘れる筈がない」

「……うーわ」

「見んな、こっち見んな」


 にやにやとしながら意味ありげな眼差しを向けてくるサチェグに、有間はぐっと拳を作る。僅かに顔が熱くなるのを俯いて隠した。そう言う意味ではないと分かってはいるのだが。
 はあと嘆息して、ベンチを立ってサチェグの足を思い切り踏んづけてやる。

 醜い悲鳴が上がった。


「はっ」

「てんめ……っ俺年上なんだけど!?」

「あ?」

「すいませんでした」


 脳天に人差し指の先を当てるとサチェグの顔がざっと青ざめた。
 以前、これで暴漢一人昏倒させたのをサニアから聞いているから、慌てて謝罪してくる。

 それに有間は曰くが付きそうな不気味な笑みを浮かべて目を細めるのだ。

 サチェグはいよいよ恐々としアルフレート達に助けを求める。


「…って言うか俺何も悪いことしてなくね!?」

「今ここで息している」

「人の存在を否定するな!」


 怒鳴れば五月蠅そうに舌打ちし、手を離す。
 ひらひらと手を振ればサチェグはずざっと有間から距離を取った。


「本当に……お前の照れ隠しは粗雑なんだよ」

「分かった殺す」

「じゃあアルフレート殿下、エリク殿下! この扱い方が分からないじゃじゃ馬のことこれからもよろしくお願いしますよ!」

「上等じゃボケェ!!」

「あ、アルフレート殿下もこの薔薇どうぞ!! じゃあなじゃじゃ馬!!」


 追いかけて殴りつけようとするとすかさずエリクとアルフレートに双肩を掴まれて止められる。
 見る見る遠ざかるサチェグの背中に、有間は憎らしげに顔を歪めた。これ以上の形容は憚(はばか)られる程。

 アルフレートとエリクは互いに顔をを見合わせて、溜息を漏らした。


「アリマ。女の子なんだから、落ち着いて」

「うちは落ち着いてる。ただサチェグを排除したいだけだから」

「それあ落ち着いてないと言うんだ」


 強引にベンチに座らせると犬のように唸り出す。
 彼女の頭にぽんと手を乗せ、アルフレートは彼女を宥めた。

 エリクも隣に座って苦笑を浮かべる。


「サチェグ《さん》と仲が良いんだね」

「あ? まあ、あんな性格だからね。周囲とは男女問わず仲良いよ、あいつは」


 はああと長く息を吐き出し、有間は足を組む。苛立っているのか、足先を小刻みに動かしている。
 サチェグから貰った薔薇の蕾を手遊(てすさ)びに回しながらアルフレートを見上げた。


「だからあいつ、大道具なのにカーニバルの時みたいに外で接客したり、脇役で劇に出たりしてんの。ああ、愛想だけじゃなくてちゃんと演技力はあるよ。練習見てたから知ってる」


 肩をすくめて薔薇を回す手を止めた。サチェグにわざとらしく『さん』を付けたのが少し気になったが、気にしないでおく。


「家に帰ろうか。またサチェグに会ったらマジでぶち殺しそう」


 物騒な言葉を吐き、立ち上がる。

 アルフレートはサチェグの走り去った方を見やり、同情するように目を伏せた。
 けれどもふと、サチェグに渡された薔薇の蕾を見下ろして有間に差し出した。


「アルフレート?」

「オレが持っていても仕方のない物だからな。アリマが持っていてくれ」

「……別に良いけど。うちが持ってたって仕方ないと思うよ。こう言うのはティアナの方が似合うだろうに」


――――そこで、どうして気付かなかったのか。
 有間は薔薇を《よく見ずに》薔薇の蕾を受け取ってしまった。
 指で茎をしっかりと掴み、アルフレートの手から離れた、まさにそんな時だ。

 キィンと耳鳴りがしたかと思えば、薔薇に変化が生じたのだ。


「……え」


 蕾が一瞬ブレて、開いていく。
 赤く薄い花弁一枚一枚が反り返る様を、有間は呆気に取られて見つめた。

 八分咲きの頃に、その薔薇の魂が普通の魂とは違っていることに今更気が付いた。
 この目に不快感を催させる、輪郭の掴めない魂は――――間違い無く《あの》薔薇の木のものじゃないか!!

 青ざめた有間はこめかみを震わせて、満開となった薔薇を地面に落とした。
 ……ちょ、おい。
 何だよこれ。
 おいおいおい、この薔薇が花開くってことは、


 お 互 い 気 が あ る と い う こ と で……?


「アリマ……?」

「はっ!」


 エリクに呼ばれ、有間は我に返る。
 アルフレートの様子を窺うと、彼も落ちた薔薇を見下ろして固まってしまっている。

 彼が顔を上げた瞬間、全身が熱くなるのが分かった。


「ぁ、うあ、あの……いや、これは、」

「え? あ――――アリマ!?」


 有間は二人の合間を抜けて脱兎の如く逃げ出した。



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