アルフレートが落ち着いて離れた直後、今度はティアナが部屋を訪れ、感極まったあまりに有間を押し倒して泣き出した。
 喜んでくれるのは良い。ただ、こちらを殺しかねない勢いで来るのは止めて欲しい。

 押し潰された有間は遠退きかけた意識を何とか引き戻し、ティアナを剥がす。そして軽く咳き込んだ。


「ご、ごめんなさい……」

「取り敢えずティアナがうちをそんなに殺したかったとは思わなかったよ」

「違うのよ! 一週間も昏睡状態だったアリマが起きていたから、本当に嬉しくて……」

「嬉しさで人殺して良いと思ってんのはお前は」

「だからごめんってば!!」


 肋骨の辺りを痛そうにさする有間に、ティアナは悄然とうなだれて平謝りする。

 有間は吐息を漏らすと後頭部を掻いてベッドに胡座を掻いた。


「取り敢えず、うち、一週間も寝てた訳?」

「ああ。そうだ」

「その間に、竜とかも落ち着いた?」


 アルフレートが頷くと、ティアナが一週間の出来事を話してくれた。

 竜を身に宿したディルクは、今は【最後の魔女】とゲルダ、鯨の手によってローゼレット城の地下に封じられている。
 その後にアルフレート達の呪いを解いた――――ティアナは有間が倒れた直後に薬を飲んでいたらしい――――彼らは、ゲルダとシルビオを連れ、密かに暮らせる安住の地を求めてカトライアを去っていったとのこと。ただ、鯨はままに有間の邪眼の経過を見る為にこちらに会いに来ると言う。……これに関しては、少々複雑だった。

 一週間の間にカトライアには住人が戻り、竜に破壊されたザルディーネも復旧作業に戻っている。鶯はザルディーネにて怪我人の手当に奔走しているらしい。

 ルナールについても、すでにマティアスがファザーンの軍を差し向け制圧した。一応は三年を目処にファザーンの領地として軍を配し、整備していくつもりらしい。今のところ、ルナールの要人は全て捕らえており、反抗する兵士もほぼ皆無だそうだ。……どうやら、エリクが鯨から借り受けたあの鳥達を使って城の中を荒らし回ったらしい。


「……エリク、一皮剥けたね」

「そうね……」


 昔のエリクとはまるで違う所行に、有間とティアナは一瞬遠い目をする。だが、別に以前の純朴な彼に戻って欲しいとは思わなかった。本来の、彼が在るべき姿に戻っただけなのだもの。彼の腹黒さに厄介さは感じても嫌悪は全く無かった。


「だがエリクのお陰で制圧はスムーズで互いの被害が軽微で済んでいるのは有り難い」

「……まあ、結果オーライだわなぁ」


 顎を撫で、苦笑する。
 有間はベッドを立ち上がってティアナの机に畳んで置いてあった黒の手袋を両手にはめた。見慣れた黒い手に、ほうと吐息を漏らす。


「それで、うちが生き返った経緯は?」

「生き返ったんじゃないわ」

「はいはい」


 話を促せば、ティアナは不満を顔に出した。しかしそうしながらも有間が倒れた後のことを語る。

 曰く。
 ヒノモト人らしき女性が現れて、有間のことを救ったらしい。
 その人物は鯨の知人で、高名な術士であるらしい。邪眼一族に対して非常に協力的で、有間の状態を見て真っ先に助けてくれたのだそうだ。
 彼女とアルフレートの様子に引っかかりを覚えながら、有間は思案する。

 ……嘘かもしれない、一瞬でもそう思ってしまった。
 いや嘘ではないとは思いたいが、彼女らは何かを隠しているような気がする。
 それを問いかけようとすると、また頭痛。
 脳を何かに突き刺され、頭を押さえてよろめいた。


「つ……っ」

「アリマ、無理はするな」


 アルフレートが背中を支えてベッドに寝かせようとする。

 それを、有間はやんわりと拒んだ。さすがにもう寝るつもりはない。


「……いや、無理っつーか、思い出そうとすると頭が痛くなる。取り敢えず、下行くわ。一週間寝っ放しだったんなら、少しは散歩したいし」


 くあ、と欠伸をしながらドアを開けると、ティアナとアルフレートが慌ててついてくる。


「アリマ、大丈夫? 一人で階段降りれるっ?」

「おいコラ。うちは夜一人で家を彷徨けないガキか」


 ティアナの頭に軽く手刀を落とし、有間は階段を降りた。後ろで気を付けてを繰り返すティアナが何だかクラウスが乗り移っているように思えてきて辟易した。
 パンか何かを口にしようかなとリビングに入ると、そこでくつろいでいたらしいマティアス達とかち合った。

 動きを止めて有間を驚いたように凝視する王子三名を華麗にスルーして台所に行こうとすると、すかさずマティアスに頭を鷲掴みにされて向き直らされた。首がぐぎっと言った。


「痛いんですけどねマティアスこのヤロー……ってあれ、あんたいつの間にイメチェンしたんだよ」

「一週間前にな。それで俺達に何か言うことは無いか」

「え、別に無くない? ――――いだぁぁぁっ!?」


 素直に答えたら頭に爪を立てられた。もがくとティアナがマティアスから解放して有間の頭を撫でる。

 マティアスは怒ったように口角をひきつらせて目を伏せた。苛立ちを吐き出すかのように、深呼吸を繰り返してアルフレートをちらと見やった。


「……少しはしおらしくなったかと思えば、全く変わっていないようだな。お前は」

「そりゃあ、起きて部屋を出ようとしたらあんたの弟に扉で顔面殴られたし。あれでしおらしく出来たら逆に凄いわ」

「……すまない」


 へら、と笑ってみせると今度は頭を撫でられた。


「心配したんだぞ」

「うん、ごめん」

「……」


 それは、先程のアルフレートの様子を見たから分かっている。
 また素直に言えばマティアスは吐息をこぼし、それ以上有間を叱ることはしなかった。

 そこで、エリクが歩み寄って有間を呼ぶ。黒い手を握り締め、真摯な顔で口を開いた。


「アリマ。君は分かっていたのかい? 邪眼が全て無くなれば、死ぬんだって」

「それ、さっきアルフレートにも言ったけど、最後に残った邪眼を殺した後気絶して見た夢で思い出したんだよね。それまでは全然覚えてなかった」


 エリクは目を伏せ、痛ましげに有間の掌を撫でる。アルフレートと良く似たものを感じ、何だか身体がむず痒い。


「……」

「ちょっと待て何でそこで拳を握るのかなマティアス殿下」

「お前を一発殴る為だ」


 あ、やばい。
 この顔は本気だ。
 悟った有間はティアナをマティアスに押し付けてリビングを飛び出した。本当にたまたまだが、エリクを引きずって出てしまう形となった。


「うち散歩ついでに小劇場の方へ行ってくるーっ」

「ちょ、アリマ! 走ったら転ぶわ!」

「そこまでやわじゃないって!」


 エリクと共に、家を後にした。



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