『アリマちゃんへ
 ちゃんと、ティアナと仲良く暮らしていますか? 故郷と違って暖かい気候の国だから、暑くはない? 邪眼一族の身体は平穏が並より随分と高いと聞いているので、身体を壊していないか心配です。ちょっとでも調子が悪いなーって思ったら、ティアナに言って、ちゃんと休んでね。お医者様にはかかれないけれど、薬を飲んでじっと休んでいればすぐに治るわ。
 そうそう、アリマちゃんの真っ白な髪って、ヒノモトでは尊ばれていたのよね? この間、町でヒノモトの人と会ったの。ヒノモトでは白は神様に一番近い色だって言われているんだって、初めて知ったわ。
 それで本題なのだけれど、ごめんなさい。アリマちゃんのお父さんはまだ見つけられていないの。でも、あの人はとても強くて頭の良い人だから、きっとヒノモトから逃げていると思うの。もしかしたら、カトライアにいるかもしれないわ。だから希望を捨てないでね。
 もうすぐフランツと一緒にカトライアに戻るから、その時にはアリマちゃんが喜んでくれるような情報を掴んでくるから、楽しみに待っていて下さい。
 ベリンダより』


 落胆は無かった。
 やっぱり、と思うだけ。
 有間の父狭間は有間を助ける為に囮になり、以来行方が知れない。
 狭間と別れた後にベリンダ達に拾われたのだが、彼女らは狭間のことを聞くと、旅の合間に探してくれると言ってくれた。

 けれども、有間は分かっている。
 邪眼一族は自分一人なのだと。
 父はもう――――生きてはいないのだと。
 元より期待はしていない。というか、生きていない前提でいる。

 でも……どうしてもベリンダ達の手紙に目を通さずにはいられない。
 情けない話だが、父が生きているのでは――――そう考える自分が何処かにいるのだ。一割にも満たない確率に縋る自分が、情けない。

 あの状況で生きている程、あの時の父は強くはなかった。掃討軍から身を隠す緊迫した毎日の中、有間にばかり少ない食料を与え、自らは徐々に痩せ衰えていった。
 その経過を間近で眺めていた自分が、可能性を期待する方が間違いなのだ。
 父はもう生きていない。自分にそう言い聞かせて、有間は手紙を机の中にしまった。ルシア達に見られないように、鍵を閉めた。

 深呼吸を二度程して部屋を出ると、ティアナが前に立っていた。悲しげな顔で、「大丈夫?」と。
 有間は苦笑して頷いた。

 ティアナも、ベリンダ達が有間の父親を旅の道すがら探していると知っているから、我が子とのように心配してくれている。諦めた有間に代わって父の無事を祈っているからと、来たばかりの頃に力強く言われた。今もまだ、そうなのだろう。


「まだ、見つからないんだってさ」

「そう……。でもきっといつか見つかるわ」

「無駄だよ。死んでるんだからさ」

「そんなこと言わないで、ね?」


 ティアナに頭を撫でられ、有間は苦笑したまま目を伏せる。
 しかしすぐに開眼して上目遣いに彼女を見上げた。


「で、どうかしたの?」


 問いかけると彼女ははっとして手を退けた。

 クラウスに、詳しい物ではないが浅い程度の資料を用意してもらえるようなので、それを家まで運ぶ手伝いをして欲しいとのことだった。
 ティアナがあの後何かを言ったのだろうが、何だかんだ言って、クラウスは優しい。

 有間は二つ返事で了承した。


「じゃあ、行こうか。善は急げ、だ」

「ええ。ありがとう」

「いえいえー」



‡‡‡




「そう言えば、ファザーンの王様が亡くなられたんですって」


 王立図書館へと向かう途中ティアナがぽつりと漏らした。

 その話ならば、有間も聞いている。
 王が亡くなったとなれば、ファザーンでは跡目について争われるだろう。息子は何人かいるらしいし、暫くは荒れるだろう。嫡男がいようとおるまいと、骨肉の争いは確実に起こる。妃が何人もいるのであれば、毒も行き交うことだろう。
 ……まあ、自分達にしてみればまさに展開の出来事だ。勝手にやっていれば良い。ああいう立場の人間は、人を蹴落としてナンボだ。己の立場を守る為ならば何でもする。

 そう、何処の歴史でも著(あらわ)されているのだ。


「こっちに影響が無いと良いんだけどね」

「そうね……。アリマ、占える?」

「やろうと思えばやれるよ。今日の夜、星でも見てみようか」


 ティアナの不安も分かる。
 王が逝去した今、世継ぎ争いだけで問題は済まされない。
 ファザーンと敵対する西のルナールがその隙に付け込まない筈がない。
 また二十年前のようにカトライアが戦渦に巻き込まれないとも限らないのだ。


「……あ、一週間のお天気予報もしておかなくちゃ」

「いつも思うんだけど、ヒノモトの呪術って何でもあるのね」

「作れば良いんだよ。うちみたいに、こう……数式を一から組んで自分だけの術を作り上げるのが、一流の術士ってものさ。書物にある古代の呪術を使う人は二流扱いなの」


 ……少なくとも邪眼一族では。
 心の中でそう付け加えて、有間はあっと声を漏らして足を止めた。


「どうしたの、アリマ」

「図書館の前、クラウスさんがいるよ」

「あ……本当。わざわざ待っていてくれたのかしら」


 ティアナが駆け出そうとするのを、有間は咄嗟に手を掴んで引き止めた。


「? どうしたの?」

「……ティアナ。クラウスさんの足元をよーく見てみなせえ」


 クラウスの足下――――遠目からでもどっさりと置かれた本が見える。
 きっちりとした彼のことだ、あの本の下にはちゃんと布が敷かれていることだろう。それに、紐で括られている筈だ。
 ……しかし、さすがに疲れそうな量にげんなりとした。

 それはティアナも同じなようで、口角をひきつらせている。


「……クラウスさんってば鬼畜ー」

「行こっか……」

「はーい」


 あれのほとんどを持つことになるんだろうなあ。
 一般よりも膂力(りょりょく)のある有間は、苦笑して先を歩くティアナを追いかけて地を蹴った。



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