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 五大将軍。
 彼らは一様に、身体の何処かに桜の入れ墨を持つ。
 入れ墨は花霞姉妹への忠誠の証である。個々で場所は異なるが、五人のうち三人が露出した部分に彫り込んでいると聞く。
 東雲朱鷺は、露出させていなかった。恐らくは服で隠れた場所に入れていたのだろう。露出させないのは、婚約者への遠慮からだろう。

 鯨を襲撃した影はもう無く、影がどうであるかは分からない。
 けれども、あの蛇青年と巨大な男は確実に五大将軍だ。
 ファザーンに恩を売って国交を有利にすることが目的。ならばあの竜をヒノモトが倒すのだろう。
 彼らが竜を打ち倒すなんてことは避けておきたいが……認めたくはないけれど、あの竜に太刀打ち出来るのは彼らだけだ。

 ヒノモトが参入してくるとなると、話が変わってくる。
 ファザーンの恩人ともなれば、当然邪眼一族の排他協力を要請してくるだろう。
 ティアナが事切れるまでその様を見届けるだけで良かったのだが、そうなってしまうと色々と問題が生じてしまう。
 せめて五大将軍が竜を殺す前に、竜を止める手段を講じなければなるまい。

 最後の邪眼一族となる、鯨の為にも。


「アリマ。先程の話は――――」

「殿下。今はそれどころではない。竜をヒノモトが打ち倒せばディルク殿下も殺されることとなる。巨漢の田中東平(とうべい)はともかく、里藤杵吉(さとふじきねよし)はいたぶる悪趣味がある」


 鯨が駆け寄ってアルフレートを制す。
 アルフレートが訊きたいことに、有間は答えるつもりはなかった。だって、そのことはどうしようもないから。彼らに言ったからといって何も変わらないのだ。

 なおも食い下がろうとするアルフレートを手で制し、有間は竜を仰いだ。


「けど、竜にどう太刀打ちしろって? 相手は空から炎の玉吐き出しまくって――――」


 言葉半ばで口を噤む。
 竜が、こちらを見たのだ。

 咆哮。
 それが、兄から離れろというディルクの警告であると、有間には分かった。
 竜でいながら、未だ自我を保っていられるようだ。

 有間は目を細め、竜を睨め上げた。

 と、その時竜が身体を捻った。
 縦一閃。
 大きな弧を描く光の刃が竜に肉迫した。五大将軍の攻撃だとは言うまでもない。
 竜はそれを危なげ無く避け、翼を大きく羽ばたかせて嵐を巻き起こす。

 その余波は有間達も襲った。
 風の中にも彼の力が宿っているのか、無数の鎌鼬(かまいたち)に全身を浅く斬り裂かれる。

 余波だけも相当なダメージをもたらす。
 五大将軍は、これ以上だろう。馬上筒の銃弾を跳ね返したあの巨大な男も、無事かも分からない。

 炎の次は鎌鼬を孕んだ嵐。
 これじゃあ近付くことも出来ないではないか。
 舌打ちして馬上筒を構えた。


「駄目元で撃ってみるか……!」


 顔を狙い、発砲する。

 かんっ、と金属に跳ね返されるような甲高い音がした。
 また、舌打ち。


「やっぱ駄目か」


 刹那である。
 聞き覚えのある笛の音が鼓膜を突いた。

 咄嗟にティアナとマティアスの方を見る。


 マティアスに抱き締められていたティアナが、笛を吹いたのだ。


 ……何故?
 ティアナを呼んだ有間の声はしかし、竜の咆哮に潰された。
 先程の警告のそれとは違う。呻くような――――今度は酷く苦しげだ。


「まさか……笛で?」


 竜とティアナを見比べながら、目を細めた。
 いや、だが、ティアナの笛はベルントに壊されたと、本人から聞いていた。ならばあの笛は何だ?


「ぐっ……なんだ、この音は……っ!」

「ひぃ〜やっはぁ〜っ!!」


 裏返った歓喜の声と共に、家屋の屋根から影一つ、竜へと襲いかかった。
 蛇青年だ。
 彼は素手で竜の前足付け根を握り、肉をもぎ取った。銃弾を弾いた鱗を持つ肉を、だ。

 絶叫。

 つんざく悲鳴に思わず耳を塞ぐと、不意に背後に誰かの気配を感じた。
 振り返ると、そこには知らない女性が立っていて。

 女性の赤い双眸が、すっと細まった。



‡‡‡




「何者だ!?」


 アルフレートが有間引き寄せて女性に剣を向ける。
 黒髪に赤目の女。
 ティアナが遭遇した人物と一致する。

 だが、その存在に今までアルフレートすら気付けなかったとは――――不覚。

 奥歯を噛み締めて女性を睨めつけた。
 竜が――――ディルクがいるというのに、ここでこの女性が現れるなんて間が悪すぎる。

 得体の知れない女性の動向を窺っていると、また笛の音。


「うあぁぁぁぁ……! あ、頭がっ……! 誰か、その音を止めろ!」


 竜が炎を口に溜める。そして、方向も定めずに放った。
 それは、偶然にも里藤達の場所で。田中と里藤が左右に跳躍して避けた。里藤の狂ったような不気味な笑声が聞こえた。

 竜は更に炎を放つ。
 今度は――――ティアナ達のもとへ。


「ティアナ!! マティアス!!」



「……ったくもー」



 また活躍するんですかそーですか。
 間延びした、面倒臭そうな声。
 えっとなって有間を見下ろした直後、有間が彼の脇を通り抜けた。

 それは玉響のこと。
 ティアナ達の目前で、炎が――――霧散した。

 くすくす。

 くすくす。

 くすくす。

 女性が嗤(わら)う。心底楽しいと言わんばかりに、涼やかな笑声を漏らす。


「始まる。始まる。カタストロフィーが。崩壊が始まる。長い序章は終わり。次は短い本編に入る。我が母が夢見た終焉(カタストロフィー)。我が父が許した終焉(カタストロフィー)」

「崩壊……始まる? 何を言っているんだ」

「終わらぬ未来と終わる未来」

「アルフレート殿下」


 女性の腕を引いて、鯨がアルフレートを呼ぶ。顎で有間達を示して、行けと促した。
 女性が何かを言おうとすると、その口を手で塞ぐ。
 少しばかり、親しげな感情が窺い知れ、アルフレートは眉根を寄せた。

 すると、鯨が焦れたように短く言う。


「彼女は、俺が」

「……分かった」


 未だ肩で嗤っている女性を睨み、アルフレートは彼らに背を向ける。
 そして走り出したその直後だ。


「《破壊》でウチに勝てると思うなよ、ヴァーカ!」


 有間であって有間でない――――狩間の軽快な声が、高らかに響いた。



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