※注意



 いきなり部屋を連れ出され、アルフレートとも引き離された。
 首にも鎖を付けられ、有間はベルントに乱暴に何処かへと歩かされていく、少しでも遅れればぐいと引かれた。
 見せしめにでもするつもりかと彼の背中を窺いつつ、袖をいじるフリをして手袋を枷から外していく。指先までをも覆い隠す長い袖は、短い鎖に引っかかってはいるものの、すっぽりと覆い隠す程度の余裕はある。

 何とか外せた手袋に心の中でよし、と呟いた直後、ベルントが急に足を止めた。鎖を引いて首を解放する。
 何をするつもりだと周囲を見渡してみると、右手には露台があった。その手前にはディルクが控えており、ベルントに頷きかけて露台へと出た。
 背中を強引に押され、有間も露台へと押し出される。下方でどよめく大勢の兵士達が望める。カトライア兵、ファザーン兵と混じった集団は城の前に密集し、露台を見上げては隣の兵士と顔を見合わせる。これから何が始まるのかと、怪訝そうにベルントの名を呼ぶ者もいた。

 ベルントは有間の髪を掴みディルクの隣に並び立った。ぞわり、総毛立つ。逃げだそうと退がる足を、ベルントが踏みつけて固定する。


「静まれ……!」


 まさに、鶴の一声。
 しんと静まり返った兵士達を見渡し、彼は言葉を続ける。


「これより、皇帝陛下からお言葉を賜る。皆の者、しかと聞き届けよ」


 皇帝陛下……?
 胡乱にベルントを見上げるが、黙殺される。

 ベルントに促されて更に前に出たディルクは一つ息を吸い込むと、声変わりを前にした高めの声で大気を震わせた。


「我は、ファザーン、カトライア、ルナールの三国を統一し、新帝国エルフォンバインを興すことを、ここに宣言する。我は【最後の魔女】の力を手に入れた。この力をもって、エルフォンバイン帝国の皇帝は、世界の王となる。まずは見せしめとして、新帝国への服従を拒んだザルディーネを灰にして見せよう」

「【最後の魔女】の力……!?」

「ザルディーネを灰に、だと!? まさか二十年前にこの街を焼いたあの力を……!?」


 有間は遮二無二ベルントの手を逃れた。
 だが、両手足を拘束された状態では満足に身動きも取れずに、首を捕まれてディルクの隣へと無理矢理立たされた。


「いった……!」

「お前は、エルフォンバイン帝国皇帝の正妃となる。顔くらい良く見せておけ。外の世界を見られるのも、これが最後かもしれぬ故にな」


 有間は奥歯を噛み締めた。
 ディルクの力が恐ろしい。逃げ出したい。

 けれど――――このまま黙って言いなりにされる方が嫌。
 腹に力を込め、有間は呻くような声を絞り出した。


「……冗談……!! あんたら、まさかとは思うけど、ヒノモトも落とすつもりか」

「さあな。まだ交渉中と言ったところだ」


 取り繕った虚勢ではっ、と鼻で笑う。
 こいつらは、ヒノモトを知らない。
 ヒノモトの深い部分を知らないのだ。
 ヒノモトには、まだまだ、まだまだ沢山の恐ろしいことがあると言うのに。

 だらだらと冷や汗の噴き出す顔で無理に笑みを浮かべてみせる。


「……あんたらも所詮は、井の中の蛙(かわず)ってことか」

「何……?」

「ヒノモトを、あまり見くびらない方が良い。半端な知識じゃ、返り討ちにされるだろうね。そうなりゃヒノモトが新帝国とやらをまんまと従わせる訳だ。ははは、だっさい……っ」


 震える身を捩って片手だけ手袋を外そうと指先を銜える。
 それを引こうとして――――。


 さく。


「え……」


 貫 か れ た?



‡‡‡




「気付いていないとでも思ったか」


 嘲笑の言葉と共に引き抜かれるのは、つい先程まで鞘に収まっていた筈のベルントの剣だ。

 それが、有間の、邪眼を、貫通、して――――、


「――――あ゛ああ゛あぁぁぁぁあっ!!」


 ぶしゅっと血が噴き出して凄絶な痛みと熱が感覚を奪う。鯨に腹を貫かれた時とは比べものにもならぬそれは、邪眼を死守出来なかった有間を罰するように苛む。大きな脈動が、肩口辺りまで迫り来る。
 血に混じって何かが混ざっている。白かったり透明だったり、何かの欠片だったり液体だったり。

 その場に崩れそうになるとベルントは髪を掴んで無情に立たせた。


「ぁぐ、あ……あ゛、っが」

「確かに、相当な痛みのようだな。邪眼を殺されるというのは」


 城内の方へ放り捨てられる。冷たい廊下に倒れた有間は、身を丸めて腕を抱え込む。呻く声も、もう出ない。掠れた声が喰い縛った歯列の隙間から漏れた。
 殺されたのはどちらだ。右か、左か。
 うち、どっちの手袋を噛んだんだっけ。

 左手だ。
 過去だ。

 左の邪眼が、死んだ。

 ふざ、けるな……!
 立ち上がりたい。
 立ち上がりたいのに、痛みに支配された身体は力が入らない。左目までが大きく脈動を始める。頬がひきつるような感覚に左目を眇めた。


「そいつを部屋に戻しておけ。……ああ、血止めも念の為にしておけ」

「か、畏まりました……!」



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