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 ローゼレット城への侵入は呆気なく成功した。
 ティアナと有間、そして鶯は庭園の生け垣に身を隠し、周囲の様子を窺いながら、女官の服を探しに行ったマティアス、アルフレート両名を待つ。


「……帰ってきた」


 有間の呟きと同時に、マティアスとアルフレートが姿を現す。彼らの口にはそれぞれ女官服が。
 それを受け取りつつ鶯をきっと睨めつけた。

 鶯は一瞬身体を跳ねさせ、マティアスに頭を下げると九字を切って近くの木に登った。枝の上から跳躍し、物影に隠れながら城を目指していく。
 忍びとしての教育も受けているらしい鶯は、マティアス達とは違うルートで、城内を調べながらベルントのところへ向かうことになっている。

 有間はティアナに服の片方を手渡し、揃って手早く着替えた。勿論、雄二匹には背中を向けさせて。
 おかしい部分をお互いに直し合いみなりを整える。前髪を後ろに流してカチューシャで固定し、その上から頭巾を被る。そうすれば、白髪がバレない。念の為の、白髪の占い師とバレない為の工夫である。
 髪が見えないことをしっかりと確認して、マティアス達を呼ぶ。


「まずは、ベルントがどこにいるか探る必要があるな」

「そうだな。謁見の間にいる可能性が高そうだが……」


 そこで有間が二人の間に手を入れる。
 その手を口の前に持って行って人差し指を立てた。生け垣の向こう側を顎をしゃくって示す。

 見回りである。
 すぐ近くまで歩いてきているファザーン兵士を認め、有間は丁度良いと独白する。

 ティアナに目配せして、二人を通り過ぎて生け垣を出た。

 彼からベルントの居場所を訊けば良い。
 マティアスに頷いて見せ、彼らの生け垣から距離を取る。
 それから、すうっと深呼吸した。
 昔を思い出せば良い。簡単なこと。


「……あらぁ、おかしいわ。どうしましょう」


 声を高くして、迷路のような生け垣の隙間から、兵士の前に出る。彼に背を向けてきょろきょろと周囲を見渡す。


「また迷ってしまうなんて……ああ、弱ったわ」

「……そこの者」

「きゃっ!」


 怯えたように身体を跳ねさせ自分の身体を抱き締め振り返る。
 兵士は驚いたように目を丸くしていた。が、有間が女官であると知ると安堵したように笑みを浮かべた。


「どうした、道に迷ってしまったのか?」

「え? あ……ファザーンの兵士の方でしたか。ああ、ようございました」


 ほっと胸を撫で下ろし兵士へ駆け寄る。
 涙目の上目遣いに、微笑みを浮かべてみせる。

 途端に兵士は言葉を詰まらせる。
 ああ、そうそう、こうすると結構簡単に引っかかってくれたんだっけ。


「実はわたくし、ここへはつい先日勤め始めたばかりで、まだ分かっていないのです。ベルント卿への大切な言伝を仰せつかっておりましたのに、気付いたら迷ってしまっていて……あの、お仕事の最中に大変恐縮ですが、ベルント卿が今どちらにいらっしゃるかご存じありませんか?」

「ベ、ベルント卿? あの方なら、今は謁見の間におられるが……」

「ああ、やはりお城の中ですのね。私ったら、こんなところに来てしまって……お恥ずかしい。本当にありがとうございました。また後日、改めてお礼をさせていただきますわ」


 心の中で拳を握り、有間は兵士に背を向ける。このまま立ち去ってさり気なくティアナ達の隠れる生け垣に戻れば良い。
 あっさりと聞き出せたのはつまらないが、まあこれから先のことを思えばむしろこの辺りで順調であった方が良いだろうと考え直した。

――――が。


「お前……ちょっと待て」

「え?」


 兵士に呼び止められた。

 心中にて舌を打ち有間は身体を反転させた。にこやかに小首を傾げた。


「どうかなさいましたか?」

「お前の持ち場はどこだ」

「持ち場……でございますか? まだ新米で、まだ正式に持ち場を与えられてはおりませんが……あの、それを訊いて何を……」


 え、何。何でこんな見つめられてるの、うち。
 女官に化けていることがバレたのだろうか。いや、そんな筈はない。こんな一介の、しかも他国の兵士がローゼレット城の女官の顔を把握している筈がない。まして、今は夜なのだ。顔の判別だって難しいではないか。

 警戒から有間が一歩後退すると、兵士はそっと有間の手を取った。ぞわり。悪寒だ。


「そう、か……では、名前は?」

「はい? えと……名前、ですか。ええと……」


 有間です――――なんて馬鹿正直には言えない。
 じゃあ、誰の名前を言えば良い?
 何か、何か良い名前は……。


「こ、……ココット、ですけれど」


 ごめん、ココット。
 今度ドーナツご馳走するから今だけ名前を貸して。
 思い付いた人名を口にすると、兵士は吟味するように偽名を繰り返し、口角を弛めた。


「ココットか。可愛い名だな。どうだ。あちらで少し話でも……」

「え? えぇ?」


 強引に腕を引かれて腰を抱かれる。
 ちょっと待ってこれはちょっと予想してなかった!
 ファザーン兵って結構不真面目だったのか。これはとんだ目測違いだ。アルフレートが鍛えていると聞いていたからてっきりこんなことは無いとばかり……。

――――じゃ、ない!


「い、いえあの、わたくしは急ぎの用を申し付けられておりまして……」


 そこ腰じゃなくてケツなんですけど!?


「……そうなのか? では、今からベルント様のところへ案内して――――」


 ぼくっ。
 兵士の背中に黒い影が突進する。それが狼だと、半瞬遅れて気が付いた。
 ぼぎっと嫌な音がして兵士はその場に倒れ込んだ。

 すかさず有間はそのうなじに手刀を落とした。手加減はしなかった。


「……お淑やか系は裏目に出たか」

「今後一切やるな気持ち悪い」

「激しく同意。っあー、こんにゃろうケツ触りやがって。ヒノモトだったら女性からぶん殴られるよ絶対」

「アリマ、女の子がそんなこと言わないの」


 ティアナに窘(たしな)められた。

 ……だが、ティアナが行かなくて良かったかもしれない。ティアナが有間と同じことをされたら……ああ、うん。命奪いたくなるわな。
 有間は両手を挙げて、兵士に呆れ返っているマティアスを振り返った。


「まったく、この非常時に女を口説くとは何を考えているんだ」

「オレの知っている顔ではないな。かき集められた新兵かもしれない」


 この為に、だろう。
 有間は新兵を生け垣の中に隠し、手を叩いた。


「ま、取り敢えず居場所は分かったし、行こうか」

「ああ。ここからは一気に駆け抜けるぞ」


 有間は頷いてティアナの手を取った。
 大丈夫かと問いかければ力強い首肯が返ってくる。

 手を引いて走り出せば、彼女はしっかりと付いてきた。
 ぎゅっと、強く握り返して。



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