14
「……そろそろ時間だな」
クラウスは、目の前に座るマティアスに話しかけた。
作戦の為、ライオンの姿となったマティアスはこくりと頷き、クラウスを仰ぐ。
「お前はどうするんだ」
「城に残っているカトライア兵の中に、協力してくれそうな人間が何人かいる。まずはそいつらと接触して、様子を探ってみる。必要があれば、彼らに内密に法王陛下のことも話してみよう」
「わかった。気を付けろよ」
クラウスは口角をつり上げて肩をすくめた。
「お前と違って命を狙われているわけではないからな。心配は不要だ。……が」
ちらり、とマティアスの側に控えるアルフレートに流眄(りゅうべん)をやった。
マティアスと同様に狼の姿の彼は沈痛な雰囲気を背負い、視線も下に向けられている。
意気消沈の様子で、時折、頗(すこぶ)る不機嫌な有間の方を見ては何かを言い掛け、舌打ちされてびくりと身体を震わせてうなだれる。
何か、あったらしい。
だが、それを訊ねるような真似はとても出来なかった。どうも、彼女の機嫌が悪すぎる。クラウスですら、声をかけるのを躊躇う。
アルフレートと一緒にいた鶯を見やっても、アルフレート以上に落ち込んでいる。ついさっきまで、茸でも生えるのではないかと本気で思う程に泣きながら沈んでいた。
城に侵入するまでこの状態のままでいられると、さすがに不安を抱く。
マティアスが鶯に声をかけようと口を開いた直後、有間が先手を打ってマティアスを呼んだ。
「うちも行くよ。良いよね?」
「は? いや、しかし――――」
「良・い・よ・ね?」
有無を言わせない重圧を感じる笑みである。
マティアスはアルフレートを小声で呼んで視線で問いかけた。
しかし、アルフレートは訊かないでくれと言わんばかりに首を下げる。
本当に……自分とティアナがパン屋にいる間に何があったのか……。
駄目だと言おうとすると、それを遮ってティアナが有間の腕を掴んで我もと声を上げた。
「お願い。私も連れて行って」
「ティアナ……お前まで」
聞き分けの悪い子供を前にした父親のように、マティアスは辟易を滲ませながら二人を交互に見比べた。
その態度を見ても、ティアナは諦めなかった。
「その姿なら、マティアスとアルフレートだってわかる人はいないと思うけど、ライオンとオオカミが城の中をウロウロしてたら、さすがに不審に思われるだろうし……私がいた方が、少しは中に入りやすいんじゃないかな。それに、何かあればアリマの術が役に立つと思うし……」
役立たないことは無い。
ティアナは言葉を尽くしてマティアスを説得する。
と、そのさなかでクラウスが珍しく彼女らの後押しをするのだ。
「それに……ウグイス殿にカトライアが救われた場合、アリマはカトライアを出るつもりだそうだ」
「ええっ?」
ティアナが有間を見る。
彼女だけではない、クラウスの発言を聞いた者全てが有間を凝視した。
有間は途端に笑みを消す。肩をすくめて嘯(うそぶ)き、「で、どうなの?」と打って変わって突っ慳貪に返答を促す。
マティアスは逡巡した。有間を探るように見つめ、ティアナを見やる。
暫くして、ほうと吐息を漏らした。
「……確かに、お前達に協力してもらえれば有り難い。ティアナも、アリマも、ファザーン兵に顔が割れていない。女官の服にでも着替えれば、不審に思う者は少ないだろう。アリマも、何かしらの術を使ってサポートしてくれれば心強い」
そこで「だが」と一旦言葉を区切る。
「危険を伴うことは確かだ。お前たちが俺たちと運命を共にすると言ってくれるなら……協力してくれ」
「マティアス……」
「じゃあ、決まり」
ぱん、と手を叩いて有間は一転笑顔になった。それが作ったものであることは、一目瞭然である。
マティアスはアルフレートの背中を強めに叩き、身を翻した。
「ティアナ。アリマ。くれぐれも無茶はするな。良いな?」
「分かってるわかってる。致命傷は負わないよ」
「だからそういうことではなく……!」
「はい出発ー!」
「っ、待てアリマ!!」
がなるようなクラウスの呼びかけに、有間はひらりと片手を振っただけだった。大股に歩き出した。
ティアナがアルフレートに駆け寄って、耳打ちする。
「ねえ、どうしたの? アリマ、凄く不機嫌みたいだけど……」
「……いや、すまない。オレの不注意だったんだ」
哀愁漂う姿に、いよいよ謎は深まる。
ティアナはマティアスと顔を見合わせ、渋面を作って首を傾けるのだった。
「私が、私が悪いんです……」
壁に手を付いて鶯が啜り泣く。
この人、こんな人だったかしら?
心の中で、こっそりと思った。
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