13
クラウスが地下室を出て暫く。
アルフレートはスツールに腰掛けて沈痛な面持ちで黙り込んでいる鶯を見やり、居辛そうに後頭部を掻いた。
有間に拒絶されたことが余程堪えたのだろう。
さっきからずっと、泣きそうに顔を歪めては引き締めてを繰り返している。その様は武人と言うよりは意地を張って泣くのを堪えるただの娘だった。一悶着の際の凛然とした態度は、今や微塵も無い。
ずび、と鼻まで啜り出した鶯に、アルフレートは沈黙に耐えかねて話しかけた。
「ウグイス殿……と言ったか」
「あ……はい。えと――――な、何でしょうか」
鶯はきょとんとアルフレートを見上げてはっと表情を引き締めた。そうする必要は無いと言うと、「いいえ。とんでもない」と震えた声で答えた。
「東雲朱鷺将軍の愛した女性が邪眼一族だったという話だが。あなたはその女性に大恩があると言った。それは、どういうことだろうか」
「……あ、ああ、そのことですか」
何故か、彼女はほっと胸を撫で下ろす。一体、何を言われると思ったのだろう。
鶯は恥じ入るように苦笑を浮かべ、目を伏せた。
「私は、義姉には命を救われました。義姉は、その為に命を落とされたのです」
曰く。
東雲家は初代王の時代より繁栄し続ける程の大きな一族であるそうだ。最盛期には分家は優に百を越えていたとか。
だが、今はその面影も無いまでに衰退し、田舎の領主にまで成り下がっている。
王からの信頼も篤かった東雲家が失脚したのは、現在の花霞姉妹の先祖の占いに因るところであったと言う。
東雲家には、一つの呪いがかかっていたのだ。
空の色の髪をした女は、未知なる疫病を患い、自らの遺骸を以て蔓延させる。
それは嘗(かつ)て政敵が秘密裏に掛けた呪いだった。
当時の東雲家当主はこれにはさすがに狼狽した。東雲家は古より空の如く真っ青な髪の人間が多い。それに、女系の一族でもある。これまでの東雲家当主の約八割は女性であった。
何としても、呪いを抑えなければと当主は苦心した。
それより数百年、名うての術師に何度も呪いを抑えさせ、疫病を持つ女が生まれることは無かった。
されども、とうとう鶯が生まれてしまう。
鶯は齢九つの春に、その疫病を発症した。呪いの通り、どんな高名な医者でも治せない、新しい疫病だった。
鶯を里から離れた山の頂上の廃寺に寝かせる以外に手立ては無かった。家臣の中では息絶える前に殺して遺体を燃やしてしまうべきだとの声も上がったが、父母が断固とそれを許さなかった。
朱鷺も、疫病を恐れず単身険しい山道を歩いて鶯を見舞ってくれた。ままに、兄を奪われたという些細な嫉妬心から鶯に素っ気無くされていた邪眼一族の女性――――ほととぎすも連れてきてくれた。その頃には、二人は親に許可され婚約を交わしていた。
だが、ゆっくりと弱っていく鶯に、誰も為す術が無い。
鶯が十になり厳しい夏に入って、諦めきった周囲を叱咤したのは、人間ではなく邪眼の娘だった。
だったら自分が鶯を助けると啖呵を切ったほととぎすはそれから七日七晩寝ずに東雲家の書物のみならず一番近い呪術師の家のそれまでも読み漁って鶯の病を治す方法を懸命に探した。
そうして……一つの方法を取ったのだった。
鶯の身体に現れた呪いを己が身に移し、自らの力で呪詛を殺すと言うものだ。
つまらない嫉妬を向けていた鶯を助ける為に、ほととぎすは周囲の反対を押し切ってまでその身を擲(なげう)った。
結果、移し替えることに成功したほととぎすは、それからは廃寺で一人呪詛と戦う日々となる。
病で身体が衰弱していた鶯はそのまま身体が回復するまで廃寺に残ることとなったが、ままならぬ身体で必死に看病に努めた。自分の代わりに苦しむこととなってしまったほととぎすへ、せめてもの償いをしたかったのだった。
朱鷺も廃寺に通い詰めた。両親も、弱い身体でままに廃寺を訪れ、涙を飲んでほととぎすに謝罪した。そして、同じくらいに感謝もした。
ほととぎすは邪眼一族としては自分は出来損ないの部類だと言った。
けども、僅か三ヶ月程で呪いを完全に殺してしまった。
これで疫病は周囲に蔓延しない。私は呪いに勝ったと、ほととぎすは誇らしげに笑った。
そして――――翌日に息を引き取ったのだ。
「……誰も、兄ですら私を責めませんでした。義姉は私を助けた為に命を落とすこととなったのに」
私が自分から、疫病が蔓延する前に殺して処分して欲しいと父に嘆願すれば良かったのでしょう。
そう、鶯は自嘲混じりに微笑む。
けれども十そこらの子供が、そんなことは言えないだろう。
まだ、彼女は子供だったのだ。呪いが無ければ、すくすくと育つことが出来れば、日の下に笑顔を咲かせて天真爛漫に生きていく。
だからこそ、そのほととぎすという女性も鶯を助けたのだと思う。
アルフレートは思わず、鶯の頭を撫でた。
鶯は驚いたようだが、すぐに相好を崩して「いつ振りでしょうか」と瞳を潤ませた。
「アルフレート殿下は、恐らくは兄と年が近い。だからでしょうか、アルフレート殿下を見ていますと、兄のことを思い出します」
「そうか。……東雲将軍には、オレにもお会いしたかったな。話には聞いていた」
「――――それは、殺しちゃって悪かったね」
不意に、低い声が入ってくる。
アルフレートはぎょっと鶯から身を離して扉に向き直った。
扉はいつの間にか開かれていて、桟に寄りかかった有間が腕組みして口端をひきつらせていた。
しまった、とアルフレートは心の中で呟いた。
「アリマ、い、今のは、その――――」
「いやー本っ当申し訳ないねぇ。東雲朱鷺将軍を殺してしまって。おまけにお二人のお邪魔までしてしまいまして」
ど う ぞ ご ゆっ く り。
有間はにっこりと笑って乱暴に扉を閉めて引き返していった。
事態が読めずに唖然とする鶯の側で、アルフレートは頭を抱えた。
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