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「……いや、すんません。本当にすんません。いやね、驚いたんですよ。マジで。誰もいないと思ってちょっと心の声呟いたら鼠がいたんですもん。そりゃ思考も止まるがな。だからうちは全く悪くな――――本っ当にすいませんでした!!」

「……」


 有間は正座させられていた。

 目の前には、額に青筋を浮かせた、人の姿のクラウス。腕を組み、口端をひきつらせていた。

 先程、有間が叩き潰したのはクラウスだった。……いや、それが分かっていて叩き潰してしまったのだけれども。
 あの後怒ったクラウスは自ら金の粉を己に振りかけ、人の姿に戻り、ぐちぐちと長ったらしい説教を垂れた。しかも叩き潰しただけでなく、一人でここまで来たことも含めて。
 どうやら、彼に薬屋の前を通過する姿を見られていたらしい。なんて間の悪い男だ。


「お前が薬屋に戻りたがらない理由は、ウグイス殿だろう。ティアナやアルフレート殿下から東雲将軍のことは聞いている。だが、ここまで一人で来ては危険だとお前でも分かるだろう。マティアス達と違って無実の罪を着せられている訳ではないが……」

「……」

「聞いているのか!」

「聞いてるよ! 返事せえへんかったからって聞いてへんワケちゃうわい!」


 思わず怒鳴り返すと、クラウスは忌々しそうに舌打ちした。


「何っでうちがそんな態度取られなきゃなんないんだ……」

「……お前は、自分がどれだけ周囲に心配をかけているのか分かるか?」

「え? 心配かけるようなことしたっけ」

「……」

「あ、すいません分かってます。あの女殺さないかですよね分かってまいぃったぁ!?」


 何故か殴られた。解せぬ。
 有間は殴られた頭を抱え物言いたげにクラウスを睨め上げた。

 しかし、クラウスも憎らしげに有間を見下ろしている。まるで行き場の無い怒りを口の中に溜め込んでいるかのように、唇が微かに痙攣している。


「ちょ、何で殴られた? うち間違ったこと言ってなかったくね?」

「……丁度良い。今ここで、今まで俺やティアナがどれだけお前に手を焼いたか、心配させられたか、きっちりと教えてやろう」

「え、別に聞いたとしても何も変わらない気がするから要らないですいった……!!」


 また殴られた。話しながらに殴るのは止めて欲しいところである。舌を噛んでしまったらどうする。
 そう訴えるとクラウスはまた拳を握って口角を酷薄に歪める。これ以上の反論は更に痛い拳骨を食らうだけだと、無言で告げられた。

 有間は唇を尖らせた。


「何でうちばっかり……」

「心配をかけさせるからだ」

「理不尽だ!」


 クラウスは眉間に寄った皺を揉みながら大仰に溜息をつく。


「理不尽なのはこちらだ。どれだけ心を砕いても、お前はいつまで経っても……!」

「だから、分かってるってば。こっちに来てまで過去のこと引きずりはしないよ。東雲鶯とも、波風立たせない。態度はまあ……大目に見といて。態度までは、多分無理だから」

「……だから、そういうことではない」


 クラウスの手が動く。
 また殴られるのかと身構えると、ぽんと頭を撫でられた。優しく、そっと。


「俺もティアナも、ただお前が心配なだけだ。ここのところ、気が休まってないだろう。無理をしてマティアス達に付き合う必要は無い。後は俺達に任せてティアナと一緒に……」

「東雲朱鷺の妹にこのカトライアが救われたとしたら、うちはここを出て行くよ」


 鋭く口を挟み、手をやんわりと退ける。立ち上がって衣服の埃を払った。
 カトライアがヒノモトの人間に救われたなら有間に居場所は無い。マティアスの協力者として彼女が崇められるこの国にいるくらいなら、カトライアを出ていった方が何十倍もましだ。
 そう言うと、クラウスの顔が歪んだ。彼も、その点を考えてはいたようだ。


「まあ、いて欲しくないんなら何もしないけどね」


 おどけたように肩をすくめた有間はもう良いだろうと小劇場の入り口へと歩き出す。
 扉をうっすらと開けて周囲の様子を窺いつつ、外に出る。それから手早く印を切って幻術をかけた。これで、兵士には見つからなくなる筈。

 のんびり、ゆっくりとパン屋に戻れば、アティアス達も落ち着い――――て、いるだろうか。
 仲睦まじい恋人達が放つような甘い雰囲気は苦手だけれど、だからと言って鶯と面を合わせるのは嫌だ。
 幾らアルフレートがいたとしても……。


「……ちょっと待てよ」


 クラウスさんがこっち来たと言うことは、だ。
 今あの地下室には――――アルフレートと鶯だけと言うことで。
 有間はつかの間の停止の後、ざっと青ざめた。

 マズい。
 何かマズい。
 何がマズいのか分からないけれどマズい!

 有間は弾かれたように駆け出し、薬屋へ急行するのだった。



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