数日も経てば、彼らはすっかり回復した。

 元気なのは良い。だが困ったことは一つある。
 一軒家ではあるけれど、四匹の動物が騒ぐとなかなかに五月蠅いのだ。
 近所迷惑になっていなければ良い、とはティアナの言だ。

 部屋を譲った有間も、居間で借りた本を読もうとしてもこの騒がしさでなかなか本に集中出来なかった。
 最近では、あまりに読み進められないので、王立図書館で読もうかとまで考えている。ただ、店の営業時間では、すでに閉館している。週に一度の休みの日を利用するとしても、本の分厚さから察するに、返却日までには読み切ることが出来ないだろう。

 そう思うと、何だかもう読む気が失せてくる。
 たまの休日、有間は居間のソファに寝転がって何をするでもなくティアナと他愛ない話をしていた。

 ティアナはばたばたと走り回るルシアとエリクを目で追いながら、憂鬱そうに溜息をつく。
 それに、マティアスが気が付いた。部屋の真ん中で伏せていた彼は、立ち上がって二人へと歩み寄ってきた。


「どうした、浮かない顔をして」

「ううん、なんでもない」


 苦笑を浮かべてかぶりを振る彼女は、不意にマティアスをじっと凝視する。

 有間は起き上がって首を傾けた。
 呼んでみるが、考え込んでいるのか彼女は応(いら)えを返さない。
 そのままでいるのかと思いきや手を伸ばして彼の身体を撫でるのだ。まるで毛並みを確認しているかのように、しっかりと。

 段々と、マティアスが居心地悪そうに身動ぎした。


「おい、無言で人の身体を撫でるな」


 そこでやっとティアナは我に返ったようだ。ぱっと手を離して慌てた風情で謝罪した。


「あ、ご、ごめん。すごく毛並みがいいから、気になって」

「……まあ、触るくらいなら、多少は許してやってもいいが」

「偉そうに」


 ぼそりと有間は呟く。

 しかし、ティアナは食いついた。
 瞳がきらきらと輝いている辺り、やはり彼女は無類の動物好きだ。


「あ〜、マティアスだけずるい! 僕もナデナデして欲しいな」


 マティアスとティアナの会話が聞こえていたのだろう、エリクが足を止めて、こちらへ駆け寄ってくる。その後ろのはルシアもだ。照れつつも、触ることを許可している。
 そうなると、アルフレートも乗ってきた。

 有間は、何となく自分も巻き込まれそうだったので、道具の手入れをするからと中庭に逃げた。
 確かに、皆触り心地は良さそうだが、本能的な恐怖は未だ消えていないのだ。

 ティアナはきっと喜んで触るんだろうなあ。
 その様が容易に想像出来て、有間は廊下を歩きながらふっと笑みをこぼした。



‡‡‡




 そろそろ良いだろうかと居間に戻れば、存分に堪能したと分かる表情のとろけたティアナに苦笑を禁じ得なかった。


「あ、アリマ。道具の手入れをしてたんじゃなかったの?」

「ざっと見てみたんだけど、その必要は無かったみたい。……良かったね、ティアナ」

「うん」


 彼女は大きく頷いた。本当に幸せそうだ。

 けれど、マティアスは呆れた様子で吐息を漏らして彼女を覗き込んだ。


「……おい」

「え? ど、どうかした?」

「何か忘れてないか」


 きょとんとティアナは首を傾げる。
 されどややあって、何かを思い出したようだ。小さく声を発した。


「我々は人間に戻る方法を探している。協力すると言っただろう」

「も、もちろん忘れてないよ」


 嘘つけ。
 忘れていただろうに。
 有間は苦笑をそのままにソファに座った。


「でも、ちょっと気になったんだけど……、そもそも、どうしてマティアスたちは動物になる呪いをかけられたの?」

「……呪われるなんて、基本的に恨み辛みだよね」


 といっても、ヒノモトでの通説ではあるけれど。


「まぁ、可能性があるとしたらマティアスだよな、さんざん女を泣かせてるし」

「人聞きの悪いことを言うな。いつ俺が女を泣かせた?」

「はぁ〜、自覚のない遊び人はこれだから」


 大袈裟な程に嘆息するルシアを、マティアスは五月蠅そうに睨む。


「そう言うお前こそ、口から先に生まれてきたとしか思えないようなおしゃべりだからな。うっかり誰かの秘密をしゃべって消されそうになってもおかしくない」

「おいおい、そんなこと、あるワケが……」


 間。


「…………いや、十分ありえるな」

「僕もよく失敗するから、誰かの大事な物を壊しちゃうとか、気づかないうちにしてるかも……」

「オレは…………駄目だ。何も思いつかない」


 ……呆れた。
 この四匹、全くと言って良い程ことを深刻に考えていないのだ。
 物壊されていちいち呪う輩が何処にいる。どれだけ心が狭いんだ。


「つまり、どうして呪われたのかわからないってこと?」

「ああ、そうだ。多少の心当たりはあっても決定的なものはない。アリマ、お前はどう思う」

「え、うち?」


 よもや自分に問われるとは思っていなかった有馬は頓狂な声を上げて自分を指差した。
 マティアスは頷く。


「お前はヒノモトの人間だろう。ヒノモトでは呪術が盛んだと聞く。お前の感覚での考えを参考にさせてもらいたいのだが」

「あー……」


 まあ、確かにヒノモトは呪術が盛んだ。
 呪術と言っても、その種類は実に様々。ヒノモトでは呪い殺すのは勿論、病気を癒す呪(まじな)いまでを呪術と総称する。


「ヒノモトでは、……まあ、種類云々は無しにして、勢力争いで頻繁に使われるかな。良く聞くのは……ああ、そうだ。とある貴族の話があった」

「ヒノモトの貴族?」

「うん。一昔前まではえげつなかったらしいからね。で、その話では何人もの子供のうち誰が跡目を継ぐのかを争ってて……末の子供が全ての兄を呪い殺して跡継ぎになったんだってさ」


 けれども、マティアス達は単純に動物にされただけだ。
 そんな程度の問題ではないだろう。

 ……しかし、嫌がらせにしても呪いなんて面倒なことをする人間なんて、そうはいない筈。


「でもま、あんたらがこれに当てはまるなんて無いよね」


 地位の高い人間じゃあるまいに。
 そう言った有間が、彼らを見渡せば、一様に苦い顔をして視線をさまよわせていた。


「……どしたの?」

「いや、何でもない」

「あっそ。で、うちの話は参考になった?」


 マティアスは短く頷いた。


「一応はな。少なくとも、そういった理由ではなさそうだ」

「そうだね。呪い殺せば良いんだし。でも何で動物にされたんだろうね、君達」

「さあな。だが分からないことを考えるよりも、この呪いを解くことが最優先だ」


 と、不意にティアナが何かを思い付いたように声を発する。

 有間達は一斉に彼女を見た。


「どうした。何か名案が浮かんだのか?」

「うん。クラウスに聞いたら、何かわかるかも……!」


 彼女の言葉に、有間もあっと声を漏らす。



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