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ぶち、と。
嫌な音がしたのは一瞬のことだった。
えっと漏らすよりも早く関定の腕をキツく縛っていた根が負荷に耐えかねて千切れてしまった。
となると当然、関定達の身体は落ちてしまう訳で。
関定は舌打ちしてずり落ちる身体を捻って片足を目の前の土壁に突き立てた。真由香の足がゆらゆらと揺れて、小さく悲鳴が漏れた。
もう片方の足を動かして、辛うじてある出っ張りに置く。だが、そちらに重心を置いてしまうと滑り落ちてしまうかも知れなかった。
横壁に着いた足に懸命に力を込めて、身体を壁に押しつけるようにしながら上を仰ぐ。
「関定! 大丈夫か!」
「真由香が頭打ってる。オレは良いからまず真由香を先に引き上げてくれ!!」
「分かった!! 今綱を渡す!」
真由香の体重が無くなれば、まだ耐えられる、筈。
骨が折れた場所は仄暗い中でもはっきり見える程に赤黒く腫れ上がっている。見るのもおぞましい。
いってぇなあと心の中に呟いて、関定は真由香を呼んだ。
「っつーことだ。お前が先な」
「……」
「真由香?」
「……関定さん、もしかして私より酷い怪我をしているんじゃないですか?」
ぎくり。
関定は身を堅くした。
咄嗟に嘯(うそぶ)けば、彼女は関定の声がいやに強ばっていること、動きがぎこちなく、片腕を庇っている風に思うことを厳しい表情で指摘した。
目が見えない分、感覚が鋭いのかと舌を巻く。いつもはとんでも無く鈍い娘だというのに、どうしてこういう時でだけ敏感になるのか……。
関定はさてどうしたものかと思案した。
「怪我な……不安にさせないように隠すつもりでいたんだけどな。真由香と同じく頭を打ってる。お前と違って結構酷いみてぇで、そっから流れた血と砂で片目が見えなくなってんだよ。片方の腕はちょっと捻挫してるだけだ。こっちはそんなに酷い訳じゃねえ」
誤魔化す中に微妙に本当のことを混ぜ、関定は真由香に説明する。
すると、彼女は渋面を作りつつ、謝罪した。良かった、信じてくれたようだ。
安堵と共に、「ただの事故だって」と彼女を慰めた。
そこで一旦会話は途切れた。
綱が目の前まで降りてきたのだ。
それを真由香の手に持たせて自分の身体を縛るように言う。ここから真由香が落ちないようにしっかり踏ん張っておかなくてはならぬ。
関定は真由香が動き出したのに併せて足に力を込めた。
「慌てるなよ。確実に、解けねえようにすりゃあ良いだけだ。後は趙雲達が引き上げてくれる」
「はい。えと……二重に巻いた方が良いでしょうか」
「そうしとけ」
盲目の彼女には酷な環境で酷なことをさせる。関定が巻いてやれれば良いのだが、真由香を抱えていなければならないし、片腕は言わずもがな動かせない。自分のことは自分でさせなければならなかった。
時間をかけて、ようやっと巻き付けた真由香は、合図とばかりに綱を二度程引く。
ややあって、張飛の声がして真由香の身体は上へと引っ張られた。
関定が腕を放す。
目の見えぬ真由香は上がりながら、不安からか確かめるように壁に手を付いて感触を確かめていた。関定のことを気遣ってか、関定の身体が無い方の壁を触った。ままに、誤って関定の真上を抉って土の塊を起こしてしまうこともあったが。
綱が解ける様子が無いのを確認した関定はほうと胸を撫で下ろした。
だが、問題は自分だ。
片腕が使えない以上、満足に綱を巻き、堅く結ぶことは出来ないだろう。
となると――――。
「……ああするしかねぇようなあ。きっついけど……しゃあねえか」
折れた腕を見下ろして、唇を引き結ぶ。
どうせ、痛いのは変わらない。
なら、また痛くなろうが構やしねぇ、よな?
蔓乱の喜ぶ声が聞こえてきて顔を上げれば、すでに穴の中に真由香の姿は無かった。無事に上がれたようだ。
綱が再び下ろされるのに、関定は歯を食い縛って腕を持ち上げた。本来曲がらない場所が曲がっている光景を見るのは精神的に苦しいものがある。しかも、色合いも恐ろしく禍々しい。本当に自分の腕か一瞬疑った。
一瞬視線を逸らし、関定は頭に当たった綱の先を握って寸陰躊躇した後に折れた腕の肘辺りに綱を三重、四重とキツく巻き付けた。片目だから、上手く巻けない。
真由香以上の時間をかけてしっかりと結んだ関定は綱にしがみつくようにして趙雲達を呼んだ。
引き上げられる。
壁に足を付けてなるべく負担を減らそうとするが、例え肘を結んでいても、患部は強烈な訴えを起こす。
気が遠退きそうな痛みに、奥歯を噛み締めて耐え続けた。
もうすぐだ。
もうすぐ。
後少し。
あと、ちょっと……!
「関定! 手を貸せ!」
張飛が顔を出して手を伸ばす。
関定はそれを有り難く思いつつ、腕を伸ばした。
手汗の滲んだそれを、張飛がしっかりと握り締める。
強い力で穴から救出された関定は張飛に支えられながら地面に倒れ込んだ。
腕に気付いた張飛が、荒立てた声を上げた。
「おまっ、関定!! その腕……!」
「……あー、悪ぃ、張飛。ちょっともう疲れて限界だわ、はは……」
片手を振り、ぱたりと地面に落とす。
それと同じくして、関定の意識もまた、急速に遠退いていった。
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