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「バーカ!!」
「バーッカ!!」
「……関定さん」
「……ああもう、こいつらは……!」
つんと真由香が袖を引けば、関定は吐息混じりに憎らしげに漏らした。
二人の前には珠梨と、彼女と喧嘩をしたという件の少年――――蔓乱(まんらん)がいる。
ちゃんと彼らが素直になって仲直り出来るように、家に誰も入ってこないようにして真由香の部屋で引き合わせたのだけれど……気遣って部屋を出ていたところ、また喧嘩が勃発。激しい口喧嘩になってしまった。会わせる前に落ち着かせた意味が無かった。言い聞かせた意味が無かった。
頭を抱えたい真由香と、呆れ果てた関定は口を挟むことも出来ずに嘆息を繰り返すばかりだ。
止めたいのだが、痴話喧嘩は犬も食わないと言う。珠梨達の想像以上の苛烈な悪口の応酬に気圧されていることもあるが、それよりもどうやって収めれば良いのか分からなかった。単純に、素直になれと言い聞かせれば良いのだろうが、珠梨は素直に謝る練習を真由香とやっている。その上でこんな事態になってしまっているのだ。
されどこのままではまた流血沙汰になってしまいかねない。
真由香はまた激しさを増した彼らに、大きく息を吸って声を張った。
「いい加減にしなさい!!」
「「っ!!」」
揃って黙る。
「……真由香お姉ちゃん……あの、」
罰が悪そうな珠梨の名前を呼び、蔓乱も呼ぶ。
そうして正座を促して自身は腕組みして足を肩幅より少し広く開いた。
「蔓乱君は、謝ろうって、ここに来たんだよね? 珠梨ちゃんは私と謝る練習したよね? どうしてまた喧嘩になってるの?」
叱りつけるように問い詰める。
二人は沈黙したまま、答えなかった。
関定が真由香の隣で長々吐息を吐き出した。
「お前らな、前からずっと一緒に遊んでたんだろ? だったら別に、今更からかわれて大袈裟に捉えなくたって良いじゃんか。それだけ仲が良いってだけだって。関羽と張飛と、劉備様みたいにさ」
「関羽姉ちゃん達とオレは違うもん」
「じゃあ、蔓乱は珠梨と仲良くすんの嫌なの?」
「う……、……うん。だって、珠梨……その、ウザい、もん」
瞬間、珠梨が息を詰まらせた。
真由香にはそれが嘘であると分かる。何かを隠して嘘をついているだけなんだと、すぐに察した。
けれども興奮状態にある珠梨には当然それが分からない。
ぱんと小気味の良い音が鳴ったかと思えば、脇を何かが通り過ぎていった。
「珠梨!」
「え、関定さん今何がありました?」
「あー……珠梨が蔓乱の頬を叩いて飛び出していった。多分、村の側の森だろうな。最近そこ気に入ってたみたいだし。あーあ……」
やっちゃった、と言わんばかりに大仰に溜息を漏らす。そうやって、関定は蔓乱を責めた。
蔓乱は何かを堪えている。唸るような声が聞こえた。
そんな風になるなら、あんなこと言わなきゃ良かったのに……。
真由香は腕を解いて蔓乱を呼んだ。
「本当は、そう思ってないんだよね?」
今度はそっと、労るように問いかける。
蔓乱は答えなかった。
「珠梨ちゃんね、蔓乱君のことが大事なんだよ。ずーっと一緒に遊んでたんなら、それって当たり前のことだと思う。それなのに強く否定されちゃったら、本当に辛いんだよ」
「し、しら――――」
「何を隠してるの? 私、こういうことはちゃんと解決させたい。友達がどれだけ有り難いか分かってるから、このまま放置なんてしたくない。蔓乱君が言うまでずっと訊ねるよ。珠梨ちゃんは私の大事な友達だもん」
最後の言葉を強めに言う。
蔓乱は沈黙したまま、また唸り出した。
「……」
「……」
「……ごめん、なさい」
ぽつり、と彼は呟くように謝罪した。
‡‡‡
「……関定さん」
「……」
「子供なのに立派な恋愛してま」
「待てそれ以上言うな自分が悲しくなってくる」
感嘆した風情の真由香の口を塞ぎ、関定は口端をひきつらせた。
「つまりあれだ、お前は珠梨に恋心寄せてんのがバレそうになって滅茶苦茶否定して、さすがに悪いよなーって思って謝ろうとここに来たら珠梨に『友達に戻ろう』って言われてそれが嫌だってんで口悪く拒絶したらあんなことになったってこと――――自業自得じゃねぇか! 一方的に悪いじゃんお前!」
「いや喧嘩は両成敗ですから……」
「何二度も原因作ってんだよ何その年で青春してんだよお前らは! オレはまだ付き合ってたあの子のこと引きずってんのに……っ!」
「え、関定さんって彼女いたんですか!?」
「真由香までオレの傷を抉るのか!」
「いえそんなつもりは全くありませんでした!」
――――と、そんなことはどうでも良いのだ。今は。気にならないと言えば嘘になるけれど、それどころではないのだ。
取り敢えず、この二人の誤解を解いて、あわよくばくっつける――――作戦A(たった今頭の中で作った)で行こう。
「関定さん!」
「何だよ」
「二人をくっつけましょう!」
「ごめん無理」
「ええぇ」
「……冗談だよ半分は。珠梨が心配だし、まずは追いかけるか。蔓乱はここで待機な。また喧嘩になられたら迷惑だし、今のうちに頭冷やしとけ」
「……うん」
冗談半分と言うことはもう半分は本気なのか。
そんなに引きずってるんだ、その子のこと。
酷くフられちゃったのかな。
勝手な想像をしつつ、真由香は関定と一緒に部屋を出た。
「あ、お茶は勝手に入れてて良いよ、蔓乱」
「う、うん……ごめんなさい」
「謝るなら、珠梨にしろよー」
「わ、分かってるよっ」
取り残された蔓乱の声は、先程よりもずっと弱かった。
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