小さい子供は、男女の隔たり無く遊び回る。

 けれどもその中で、幼い恋が芽生えることも当然ある訳で。

 真由香の育った孤児院でも、小学生の妹がクラスメートに告白されて恋人同士になったと自慢してきたことがあった。それが、中学に上がっても続いているのだから、子供の恋愛も案外侮れない。
 ……余談だがこの二人、結婚の約束までしているとか。兄がそれを聞いて『思春期何処言った!?』なんて、真由香の家にやってきて絶望の悲鳴を上げていたのも記憶に新しい。

――――とどのつまり何が言いたいのかと言うと。

 よしや子供でも、痴話喧嘩ともなれば犬も食わないということで。


「――――で、幼なじみの子と喧嘩しちゃったんだ」

「うん……」


 夕方、珠梨が泣きながら真由香の家に飛び込んできた。
 関羽が不在で、一人洗濯物を片付けていた真由香に抱きついた彼女は、それからも大声で泣き出した。

 彼女を何とか宥めた頃に、たまたま通りかかった関定がやってきて理由を訊ねるには、彼女には生まれた時から一緒にいるような男の子がいるのだけれど、その子と先程酷い喧嘩をしてしまったのだそうだ。
 喧嘩なら良くあること。だが今回に限って男の子に絶好とまで言われ、珠梨はかなりのショックを受けたらしい。ふとした時に泣き出してしまう。

 喧嘩のきっかけは、その男の子と珠梨がいつも遊んでいることを周囲にからかわれたこと。これもまあ、良くある。
 二人共即座に否定したのだけれど、互いの言葉が勘に障って口喧嘩。それから白熱してついには取っ組み合いに。
 血が出るような怪我をしても止めなかった二人に、からかった子達も困り果てて泣き出す始末――――一体どれだけ激しい喧嘩だったのかと問いたいところだが、猫族の身体能力は非常に高い。まして幼い子供となれば、感情のまま加減を間違ってしまうこともあるのかもしれない。

 珠梨の話を聞こえた関定は、しみじみと「青春だなぁ」と呟く。


「青臭い春ですか?」

「そうそう草みたいな――――じゃねぇよ! 真由香何処でそんなひねくれた解釈覚えた!?」

「友達が言ってました」

「お前の友達を一度で良いから見てみたいよ」


 別に、普通の子達なんだけどな。
 緩く瞬きし、首を傾ける。

 関定は真由香の頭をぽんと撫でた。思案するように唸り、珠梨を呼ぶ。


「で、お前は何で相手の言葉が気に食わなかったんだよ」


 根本的なところを訊ねた。

 すると珠梨は言葉を詰まらせるのだ。あー、うー、と言葉にならない声を漏らして言い澱む。

 それに、何となく察しが付いた真由香は拳を掌に落とした。


「仲が良いその子に、あんまり強く否定されちゃったから、それが嫌だったんだね」


 厳密に言えば違う。
 けれども敢えて直接的な表現を避けてそう言えば、珠梨はややあって辿々しく肯定した。


「じゃあ、謝り合わないと駄目だね。珠梨ちゃんも、同じくらい酷いことを言ったんだったら、その子もきっと珠梨ちゃんと同じくらい傷ついたのかもしれないよ」

「う……でも、」


 喧嘩すると、謝りにくいものだ。
 けれどもそのまま仲が悪いままにしてしまうなんてことはお互い絶対に嫌だろうし、そんなことあってはならない。

 友達は大切だもの。

 珠梨にとっては友情とは違うけれど、それでもその男の子と仲直りした方が良い。だって小さい頃から一緒にいるのならお互い良き理解者だ。
 そう言った存在が如何に有り難いか、人に頼る部分も多かった真由香にはよく分かる。

 手探りで珠梨の頭を探り当て、優しく撫でてやった。


「私も一緒に行ってあげるから、謝ろう?」

「で、でも……」

「オレも協力してやるよ。オレがそいつにも似たようなこと言ってみる。だから、謝ろうぜ。な?」


 珠梨はつかの間沈黙した。まだ踏ん切りが付かないらしい。

 彼女が答えを出すまで、二人は沈黙して待った。

――――暫くして。


「……か、関定と、真由香お姉ちゃんが言うなら……謝る」


 渋々と言った体で、彼女はそう言った。

 真由香は「偉いよ」とまた頭を撫でてやった。

 すると、関定が立ち上がった。床がほんの少しだけ軋んだ。


「んじゃあ、オレがここに連れてくるから、お前らは待ってな」

「はい。お願いします、関定さん」

「……お願い、します」


 珠梨と一緒に頭を下げると、彼は「ちゃんと謝る練習、しておけよー」と間延びした声をかけて家を出ていった。暢気な口調だったのは、珠梨の為だ。

 残された真由香は珠梨を呼んで両手に拳を握った。


「じゃあ、謝る練習をしよっか!」

「……うん」


 ……許してくれるかな。
 ぼそりと呟かれた不安げな声に、真由香は大きく頷いて見せた。



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