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春蝉が家に押し掛けてきたのは昼のことであった。
一体何事か、機嫌良く現れた彼女は関羽に男達を入れないように言った後、真由香を私室の真ん中に立たせて腰や胸などに何か紐のような物を巻き付けられた。
何となくこの状態には覚えがある。
これは――――ああ、そうだ。高校に入学する前、制服の寸法を測った時に似ているのだ。
と言うことは、春蝉は真由香の服を作ろうとしている?
「あ、あの、春蝉さん。これは一体どういう……」
「皆であんたの服を作るんだよ。あんたも女の子だもの、沢山着飾った方が良い。勿論、こんなしなびた村じゃ大した物は作ってやれないんだけどね」
「しなびてなんかないですよ。皆さん暖かいですし、とても良い村です」
「それは、嬉しい言葉じゃないか」
ご機嫌な春蝉は飾らない真由香の言葉に更に鼻歌を交えて作業を進めていった。
だが、どうして今になって真由香の服を作ろうと考えたのだろうか。
この家を貰った際、衣服も一緒に村の者達のお下がりを分けて貰った。
ここで暮らすには十分過ぎる量があったし、これ以上何かを貰うなんて……。
ううんと首を傾げて唸ると、何を考えているか分かってしまったらしい。
春蝉は真由香の尻をバシンと叩いて叱咤した。容赦が無かったのでじんと痺れにも似た痛みが臀部(でんぶ)に広がる。
「あんたは余計なことを考えないの!」
「ちょ、今お尻、いた、痛かったんですけど……!!」
「いつか子供生む奴が何言ってんだい!」
「話が未来に飛んだ!!」
まだ相手も決まってないのに。
声を張り上げる真由香の尻を再び叩き、春蝉は彼女の腰からするりと紐を取り払った。
「好きな雰囲気とかある? 動き重視? それとも可愛さ重視?」
「ええっと……落ち着いてて動きやすい方が良いです。色々と動作が大きいですし、何か遭った時対処しやすいので」
「分かったよ。……ああ、そうだ。今日の夜は、ちゃんと家にいるんだよ。迎えが来るだろうから」
「はい?」
真由香はきょとんと首を傾けた。
最近では、夜はいつも家にいる。
別に釘を刺されるようなことをしでかした訳でもないし……いや、と言うか迎えって?
問うと、春蝉は肩をぽんと叩いた。
「今夜ね、猫族全体で宴をすることになったんだ。ほら、あんたの歓迎会。全然する気配が無かっただろう? だから今夜しようって」
「え、そんな気にしなくても……」
「皆はもうその気なんだよ。諦めな」
猫族は、全体が家族だ。
雰囲気は違うけれど、暖かさは孤児院にも、両親にも似ている。
拾われたのがこの村で良かったと、心から思った。
真由香は目を細めて口角を弛ませた。
「……ありがとうございます」
「おや、今日は偉く素直じゃないか。良いことだね」
ぽふっと頭を軽く叩かれるように撫でられて、胸が暖かくなる。
へへ、とはにかんで真由香は目を伏せた。
‡‡‡
真由香の歓迎会は、まさにどんちゃん騒ぎとなった。
世平は飲み比べで酔い潰れ、張飛も謝って酒を飲んで昏倒。後者は今、真由香の膝に頭を乗せて眠り込んでいる。蘇双が離そうとしたが、真由香の袖をしっかりと握っているので剥がすことが出来なかったのだった。
隣で料理に舌鼓を打っていた趙雲も、喧噪よりも大きな鼾(いびき)の五月蠅い張飛には呆れている。
「良く眠れるな、この騒々しい宴の中……」
「まあ、張飛だしなぁ。ってか、女の子の膝枕とか、羨ましいな張飛の奴」
「死ねば良いのにね」
「って蘇双! 張飛の鼻の穴ん中に箸を突っ込もうとすんなって!!」
「ふがっ」
本気で入れた!?
慌てて蘇双を呼ぶ。
すると、関羽が「気にしなくて良いわよ」と笑声混じりに声をかけた。
「真由香、何か食べなくて良いの?」
「今のところは良いかなあ。さっき沢山食べたし」
「そう。何か欲しい物があったら遠慮無く言ってね。取ってあげるから。……それと、張飛は本当に退かさないで大丈夫? 足痺れていない?」
「それは平気です。友達に良く昼寝をする子がいて、学校でも昼休みに良く膝枕してあげてましたから」
一度寝るとなかなか起きない子だったから、おかげで午後の授業を何度かサボったこともある。真由香がサボる原因が友人の寝坊助だとは教師全体で認知されているので、基本的にそんな時怒られるのは決まって友人だけだった。
『おい金城!! お前また田原に膝枕かー!』
『何スか、羨ましいんスか。はっ、ざまあ!!』
『お前俺が教師だって分かってるか? 分かってないよな。つか、二学期の英語のテストお前酷かったよな? 補習来なかったよな?』
『てへっ!』
『マジで気持ち悪いから止めろ』
このやり取りを思い出すだけでも、笑声が漏れてしまう。
「……ふふっ」
「ん……真由香? どうかしたのか」
「いえ……ちょっと、友達のことを思い出してしまって。結構面白い子だったんですよ」
そこで、何故か周囲が沈黙する。
ややあって……。
「真由香が面白いって……その子相当だよね」
「……だな」
「…………さすがに、泣きたくなってきました」
私って、どれだけおかしな子だって思われてるんだろう。
うう、と半泣きになって俯く真由香に、唐突に背後から衝撃。背中が反った。ボギッと言う音は……多分きっと気の所為だ。
「真由香ー!」
「わひゃぁ!!」
「ちょ、劉備!」
犯人は劉備だったようだ。
今宵も幼い彼は背中から腹に腕を回して抱きついて、無邪気な笑声を立てている。
「楽しいね、真由香!」
「はい、とっても楽しですね」
真由香が手を撫でると、「良かった!」劉備はぎゅっと腕に力を込めた。
けれどもそれはすぐに弛められて、彼はすぐに関羽にも抱きついたようで。
幼くても、関羽のことが一番大好きなのだ。
……こっちだと、大丈夫なんだけどなあ。
心の中で、ぼやいた。
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