おかしい。
 物凄くおかしい。

 何がおかしいって?

 それは――――、


「何で皆さんそんな簡単に信じちゃうんで「くどい」さ、遮らなくても……っ!」


 真由香の自宅。
 仁王立ちして高らかに問いを投げかけ蘇双に切り捨てられた真由香は、がくっと肩を落とした。

 蘇双や関定が嘆息するのが分かった。
 彼らが言いたいことは分かる。
 猫族が呆気なく信じたことを、真由香が気にし過ぎなのだ。

 猫族の皆は一様な反応を見せた。誰もが疑わずに、真由香の荷物や衣服についてすぐに納得してしまった。おまけに先日の関定達のように、こちらの世界について話を聞きたがった。
 ここに住むことを許されるまでのことがあったから、あまりにもあっさりと受け入れられ、何だか肩透かしを食らったかのような心地だった。
 そんな、幾ら何でも話が上手すぎるではないかと疑問に感じたのは当然のことだと思う。

 ぺたんと座り込んだ真由香は「けどですね」と身を乗り出した。が、そちらには誰もいない。


「私、来たばかりの頃は皆さんに物すごーく疑われてたじゃないですか」

「まあ、怪しかったしね。服装も言動も頭も」

「あたっ……な、なのに、なのにですよ? どうして皆さんこんな、『あ、カラオケ? 良いよ、今すぐ行く?』みたいな感じに平然と受け入れてるんですか!」

「からおけってなーに?」


 劉備が問いかけ話の腰を折った。今は幼くなっている。

 真由香は床に両手を付いて吐息を漏らした。だが、カラオケについての説明はちゃんとしておいた。真由香の言葉でしっかりと伝わったかは甚(はなは)だ疑問ではあるが。簡単な説明でも相当な理解力を要することがあるのが、彼女である。目が見えないこともあるだろうが、問題は別にもありそうだ。

 純朴な彼はきょとんと首を傾げて、関羽を呼んだ。


「つまり、お友達と一緒に歌って騒げるところなのね」

「とどのつまり、そう言うことです」


 関羽にお礼を言って、真由香はうう、と唸った。

 気にし過ぎ? ――――いいや、そんなことは無いだろう。
 だって、絶対、誰しもが疑う筈じゃないか!

 唸り続ける彼女に、趙雲がぽんと頭に手を置いた。
 趙雲の手は大きい。真由香の頭など、簡単に掴んでしまえるだろう。
 撫でられると、彼が一番安心する気がする。


「もう良いんじゃないか。そんなに気にしなくても」

「そうなんですかねぇ……」

「……というか、そろそろウザい」

「うざ……っ!」


 がんっと後頭部に岩をぶつけられたような感覚に襲われた。

 最近、蘇双がやたらと辛辣だ。
 真由香がうだうだ拘(こだわ)っているのに苛立っているようで、事ある毎にこうしてキツい言葉を言ってくる。それでも、こうして毎日のように趙雲達と様子を見に来るのは奇異な話である。


「そ、蘇双さんが冷たい」

「いや、でもオレ蘇双の気持ち分かるわ」

「関定さんまで……!?」

「だって、何か逆にオレ達が疑われてる感じがすんだよなぁ」


 しみじみと呟く関定に、真由香は動きを止める。
 ややあって、大仰なくらいに首を左右に振った。


「そんなまさか! 疑ってませんって、全然!!」

「それは分かるんだけど、なあ、関羽」

「……まあ、確かに信用されてないのかなって、思ったりするわね」

「関羽さんのこと物凄く信頼してますけど、私!」


 真由香は目を白黒させた。
 まさかそのように思われているなんて思いも寄らなかったことである。

 自分のことを受け入れてくれた猫族には篤い恩義を感じている。疑うなんて有り得ない。
 彼らにまったき信頼を向けていると自負していたからこそ、関羽達の言葉は衝撃的だった。
 彼女はすぐに誤解を解こうと言葉を尽くす。

 けれども再び蘇双がそれを遮った。


「じゃあ、この話はもう引きずらない。良い?」

「え、それとこれとは話が別じゃ――――いたたたたた!!」


 突如左手の甲に感じた強烈な痛みに真由香は悲鳴を上げた。
 刺すような痛みは徐々に酷くなっていく――――。

 抓られているのだと、遅れて気が付いた。


「痛い!! 痛いです本当に!! 皮膚、皮膚が剥がれます!! べりっと剥がれます!!」

「じゃあ試してみようか」


 その言葉と同時に更に抓り上げられる。
 真由香は降参を示すように右手で床をばんばんと叩いた。


「いたたたっ、か、関羽さん! 鬼畜さんがここにいます!!」

「やってるのは関羽だけど?」

「まさかの裏切り……!!」

「違うわよ! 蘇双もからかわないのっ」


 べりっと強引に手を剥がされた。……一際強い痛みを残して。
 抓られた手を抱えてうずくまると、関羽が慌てた風情で謝罪をしてきた。


「「あーあ……」」

「……何気に、関羽が一番鬼畜だよね」

「ち、違うの! 今のはそんな力入れてるとは思ってなかったから……って、真由香大丈夫!?」

「……皮膚が本当に持って行かれたかと思いました」

「大丈夫か?」


 顔を上げて抓られた手の甲を撫でる。大丈夫だ、皮膚はちゃんと肉に張り付いてる。
 ほっと安堵に吐息を漏らした。


「関定、きちくって、何?」

「劉備様は、まだ知らなくて良いんですよー」



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