「じゃあ話してみようか」


 劉備の結論は微笑みと共に即座に出された。

 真由香は一瞬呆けたようになって顎を落とした。

 真由香が世平を伴って劉備のもとを訪れたのは二十分程前――――と言っても、真由香の曖昧な感覚である――――劉備に真由香の世界のことを話し終えたのがつい七秒前。

 澱み無く導き出された答えに、世平は大きく頷いた。

 しかし、それに待ったをかけたのは真由香である。いや、信じてくれたのは嬉しい。嬉しいけれど。


「ちょっと待った! 待って下さい! そんなすぐに決めて良いんでしょうか! そんな『そうだ、京都に行こう』みたいな……あれ、何か違う?」

「言ってることが分からないんだが」

「……使い方間違えた気がします」


 呆れられた。


「でも、一度迎え入れた以上は、もう皆真由香の話を嘘だって決めつけたりはしないよ」

「うう……でも、万が一。万が一のことを考えてですね」

「お前は話したいのか、話したくないのか、怖いのか、どれなんだ」

「……怖いです、はい」


 頭を抱えて上体を前に倒す。そのままうんうん唸っていると、そっと劉備に頭を撫でられた。


「大丈夫だよ。でも不安なら、まずは僕から皆に話してみようか。後から訊かれたら、君は肯定すれば良い。最終手段にはこれも見せること」


 ぽん、と手に載せられたのは冷たくて堅い物。
 真由香が劉備に見せた携帯電話である。ちなみに電話以外は使わない。

 そりゃあ、確かにこれを見せれば十分な証拠になるだろう。
 でも。だけど。


「張飛に……壊されはしないでしょうか」


 いじってる時にバキィッとか。
 操作してる時にボキィッとか。
 そんなことは無いだろうか。
 そう言うと、二人は暫く沈黙してしまった。


「……あー」

「……大丈夫、だと思うけど」

「いや、劉備様。あいつならやりかねません。驚いた拍子に」

「あう……携帯は結構高いんですよー……数年前に買った物ですけど」


 壊されたら怒られる。と言うか何が遭ったの、なんて大騒ぎだ。
 揃って慌てふためく両親の声が、容易に想像出来てしまう。
 真由香は苦笑を浮かべた。


「まあ、親御さんから貰ったもんなら、壊しちゃなんねえな。念の為だ、張飛には見せるなよ」

「合点です」


 真由香は大きく頷いた。

 ……。

 ……。


「……って、まだ話すと決まった訳じゃ」

「それじゃあ、その時は俺も一緒に話します。良いですね、劉備様」

「うん」

「だ、誰も話を聞いてくれない……!」


 シカト、良くない。
 訴えるように言った直後、世平に頭を小突かれてしまった。



‡‡‡




 ……マ ジ で か。


「真由香お前のせか――――」

「うわあぁぁ破壊神が来たぁぁ!!」

「はかいしんって何!?」


 劉備が話をしてくれたらしい。
 早い。早すぎる。

 そして張飛も早すぎる!

 唐突に家に押し掛けてきた彼を拒絶するかのように、真由香はバタンと扉を閉めた。
 勿論拒絶する意思は本人には無い。一番に話を聞きに来たのだと驚いたのだ。
 真由香は扉の向こうで声を張り上げる張飛にしまったと汗を流した。


『ちょっ、蛙のことは悪かったってば!』

「あ、それ今まで忘れてた」

『忘れてるのにこの扱いかよっ!! ――――あでぇっ!』


 突如。
 張飛が声を上げたと思えば張飛ではない声が扉の向こうから聞こえた。


『おーい。真由香ー、オレだけどー』

「あ、関定さん」


 がらっと開けると「何で!?」と張飛が抗議。


「劉備様から話聞いたんだけどさ、あれってばマジ?」

「マジです」

「マジでか」

「マジなんです。あ、どうぞ上がって下さい」

「どーもー」


 機嫌良い声で入ってくる関定の後ろでは、張飛がずんと沈んでいる。が、当然ながら真由香には見えていない。

 関定は家に上がると床にどかっと座り、「詳しく聞かせてくんね?」と話をせがんだ。

 真由香はつかの間動きが止まった。


『一度迎え入れた以上は、もう皆真由香の話を嘘だって決めつけたりはしないよ』


 劉備さんの言う通りだ……。
 少しも疑う様子を見せない関定の様子に、真由香は劉備の言葉を思い出す。
 ……じわり。
 胸が、ほんの少しだけ熱くなった。

 あんなに疑っていたのに、一度懐に入れるとまるで本当の身内みたいに疑わない、なんて。
 携帯とか、車とか、普通信じられる?
 この世界では有り得ない。彼らにしてみれば完全に作り物、夢物語ではないか。


「真由香?」

「……あ、えと……その、疑わないんですか?」


 思い切って訊ねてみると、関定は小さく笑声を上げた。


「んな奇妙な嘘、お前がつけるとは思えねーもん」

「な……、し、失礼な! 事実だと認めますが失礼な!」

「認めはするのかよ」

「……じゃあ否定します」

「おいおいおい」


 呆れつつも、彼はまた真由香に話をせがむ。
 そんなに聞きたいのかと問えば、「だって真由香のことがもっと分かるんだろ?」とさらりと答えた。

 真由香は、どんな表情をして良いのか分からず、情けない顔をして俯いた。



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