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「今はもう誰も使っていない空き家でな。掃除をしてからになるんだが、お前はここに暮らすことになる」


 そう言って真由香を空き家に案内した世平に、趙雲や関羽は猛反対をした。
 真由香はまだこちらの生活に馴染みきっていない。それに竈の扱い方すらよく分かっていない状態だ。手の傷も癒えていないのにいきなり一人暮らしというのは不安が多すぎると必死に世平を説得していた。

 そんな彼らの様子に、真由香が一人暮らしをすると言った時の両親を思い出した。飲んでいた湯呑みを取り落としたりして、関羽達以上に猛反対をしてきたっけ。母親なんて、発狂寸前だった……気がする。
 懐かしいなあと思いつつ、彼らの話が終わるのを待った。何となく、真由香が口を挟んでもまともに取り合ってもらえない気がする。そんな圧力を関羽の声から感じる。……もしかして、彼女の言葉はこちらにも向けられているのだろうか、そう思う程に。


「あのなあ……お前らの言い分もちゃんと分かってる。だが真由香自身あんまり盲目だからと過保護にされるのは嫌なんじゃないのか? たまに、そう言う節があるの、気付いてないのかお前らは」

「……本当なの?」

「う……」


 一瞬、どう答えるべきか迷った。
 このまま頷けば彼らの厚意を無駄にしてしまうし、我が儘になってしまう。

 けれども、世平の言う通り、盲目であることを否定的に扱われたくないのもまた事実だ。真由香にとっては見えないことが当たり前なのだから、真由香自身に盲目を否定するべき材料は存在しない。

 自分の勝手な言い分を押しつけて良いものか、首を傾けて考え込んでいると、それを肯定と取ったらしい世平が「ほら見ろ」と真由香の頭に手を置いた。


「っつっても、俺も劉備様から聞いたことで全く気付いちゃいなかったんだが。勿論、真由香が満足に出来ない部分は、俺達で面倒を見る。俺達の家からも近いから頻繁に様子を見にくりゃ良いし、飯も一緒に食う。それでも文句はあるか?」

「私から一つ良いですか?」

「何だ」

「もう一度話し合いを、」

「くどい」

「あう」


 さっきからずっと言っていることで、さすがに頭を叩かれた。だがこれだけは自分が正しいと思う。そう思うのでもう一度言おうとすると今度は口を塞がれた。


「ってことだ。暫くは関羽、お前がこの家に寝泊まりをしてくれ。さすがに間取りの分からない家に一人放り込むのも何だ」

「分かったわ。あ、でもちゃんとうちのこともわたしがするから」

「悪いな。……と、早めに掃除しねえと、日が暮れる。真由香は一旦劉備様の家に預けるとして、俺は張飛達を連れてくるから、お前らは先に手を着けていてくれ」


 口が解放されたかと思うと、そのまま頭をがしっと捕まれて歩かされる。
 けれども転ばないように気を配っているようで、随分と歩みが遅い。
 敷居を跨いで外に出た途端に頭から手が離れた。

 世平の大きくて堅い手が真由香の手を包み、普段のように歩き出した。
 ままに段差があるが、事前に世平が声をかけて速度を更に落としてくれる。

 杖を使わないのは真由香自身が使わないようにしているだけでなく、こうして手を繋いで誘導してくれる人がいるということもあった。


「そう言えば、真由香」

「はい」

「お前の世界のことはどうする? 今日にでも俺から話しておこうか?」


 世平の言葉に、しかし真由香は首を左右に振った。

 それは真由香自身が話すべきことだ。世平に――――他人に委ねて良い問題ではない。そこまで甘えては受け入れてくれた猫族に失礼と言うもの。この村に暮らすことを許してくれた以上、腹を割って隠し事も無く過ごしたい。
 されど、話して受け入れてもらえるか、不安が無い訳ではない。むしろ恐怖がある。


「……覚悟が出来たら、私が話します。それじゃ駄目でしょうか?」

「駄目ってことは無ぇよ。真由香がそう言うつもりなら、俺からは何も言わねえ。ただ、話す時はちゃんと俺に一言言ってくれ」

「分かってます」


 話せる時は、遠いのか、近いのか。
 それは分からないけれど、必ず話すつもりでいる。
 そうでなければ、本当に信じてもらえないだろうから。
 そっと歯を噛み締め、真由香は見えない目を伏せた。

 そして――――。


「んぎゃっ!」


 転んだ。
 世平に手を握られていたから倒れはしなかったものの、当然呆れられた。嘆息が降ってくる。


「本当に転びやすいな、お前は」

「……い、一種の取り柄です!」

「そんな訳があるか」

「私がそんな取り柄を作ります!」

「絶対に無理だな。はっきりと言える」


 ……酷い。
 がくっと肩を落とした真由香に、世平は笑声を漏らした。

 それから思い出したように声を発し、真由香を呼ぶ。


「お前にとっちゃあ、納得行かねえだろうが。これからよろしくな」


 そっと頭を撫でられ、真由香は目を細めた。
 それから、小さく頷く――――。



○●○

 長かった……。
 さて、これからはのんびりとした日常を書いていこう。



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