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 何ということでしょう。
 目の前に天使が二人もいる!!(見えないけれど)
 焦点の定められない真由香の目は、きっと相当輝いていただろう。

 真由香は子供が大好きだった。
 孤児院にいた頃は率先して子供の世話をし――――ものの数分で院長やスタッフに止められていた。理由は目ではない。転んだ時に子供も高確率で巻き込んでしまうからだ。
 猫族の村に来て初めて子供達と話せるなんて、真由香にとっては過言でなくまさに天にも昇る心地であった。


「ねえねえ、お姉ちゃん!」

「はい!」


 元気の良い呼びかけに真由香も元気良く答える。

 今真由香の前に立っているのは男児と女児。劉備とも良く遊ぶ子供達のようだ。


「あのね、この間不思議なお歌が聞こえたの。あれって、お姉ちゃん?」

「お歌……えと、バイオリンのこと、ですか?」

「そうだと思うよ」


 蘇双が隣からそっと口を挟む。
 それに納得し、真由香は頷いた。あの後世平さんに怒られたことを笑われるとしたら恥ずかしいな、と思いながら。

 しかし彼らの反応は大変喜ばしいものであった。


「もう一回、聴かせて欲しいの」

「……! 了解で」

「駄目だからね」


 ぴしゃり、氷柱(つらら)よりも冷たく鋭利に蘇双が切り落とす。その早業は真由香の胸をも貫いた。


「そ、そうでした……!」


 バイオリンを弾くのなら右手を使わねばならない。そうすれば悪化するだろうし、また世平から雷が落ちかねな――――いや、確実に落ちる。
 真由香はがくっとうなだれた。

 すると、


「……お姉ちゃん、歌ってくれないの?」


 ああ、胸を抉る可愛らしい声。
 弾いてあげたい。でも、弾いたら駄目。
 ジレンマと罪悪感に胸がじりじりと焦げ付いたように疼いて真由香を責め立てた。
 恐縮して平謝りすると、蘇双が溜息をついた。そして、真由香の肩を叩いて子供達に優しく言い聞かせた。


「真由香の右手、怪我をしてるだろ? 本当はあのお歌は怪我を悪化させてしまうから駄目で、お歌の後、世平叔父に叱れられて、完治するまではお歌は禁止にされてるんだ」

「そうだったの? じゃあ、何で歌ったの?」

「馬鹿だから」

「!」


 今、誰かに頭を鈍器で殴られたような気がした。



‡‡‡




「という訳で、楽器はボクが預かっておくから」

「そんな無体な……!」


 真由香の勧めで家で茶――――真由香が淹れようとしたら蘇双に一式を奪われてしまった――――を飲んでいた蘇双は、真由香のバイオリンを持つなりそう言った。
 バイオリンが見たいからと言葉巧みに真由香に願い出て、快くケースごと手渡した瞬間のことだった。

 真由香は蘇双に手を伸ばして取り返そうとた。が、ケースに触れられもしない。

 ちなみに劉備は真由香の側で昼寝中。洗濯物の側で子供達と話していた時静かだなと思っていたら、船を漕いでいたらしい。時間的にも気候的にも昼寝には最適なコンディションだ、無理もない。
 なのでこうして家の中に移動してきたのだった。何とか自力で歩いてもらったが、座った途端ぐっすりだ。


「どうしてですか、私弾きませんよ!」

「子供達の為に弾きそうだから、念の為」


 声を詰まらせる。
 いや、さすがにあんなに怒られたんだから……有り得なくも、ないか。
 可能性を見つけてしまって、真由香は「うぅ……」と肩を縮めた。


「まあ、大人しくしてくれればちゃんと治るから。それまであの子達も待ってくれるって言ってるし、のんびり構えておきなよ」


 のんびり。
 蘇双はそう言うけれど、その言葉が現実に出来ないだろうことは、真由香は分かっていた。

 明日、だ。
 約束の日は明日。
 だのに、ただ生活していただけで特に何もしていないのだ、自分は。
 認められるようなことは何一つ。

 じり、と焦燥が心臓を焦がす。


「真由香?」

「いいえ。取り敢えずバイオリン返して下さい」

「駄目」

「私の一生の相棒なんです!」

「じゃあ、人質」

「無体です!」


 彼らも分かっているだろう。
 その上でこうして接してくれる。

 けれども、期待はしちゃいけないんだと、自分は何も出来ていないのだと、真由香は己に言い聞かせた。


「ああ、そう言えば真由香」

「はい。何でしょう」

「後で趙雲が散歩しないかってさ。鍛錬が終わったらここに来るって言ってたけど」


 真由香は頷いた。
 そして劉備を見下ろし「劉備さんはどうしましょう」と。

 蘇双はもし趙雲が来るまでに彼が起きなければ、このまま自分が残っておくからと、散歩を勧めてくれた。
 ここは、彼の厚意に甘えることとした。
 蘇双に礼を言って、真由香は茶を啜った。

 その直後、劉備が身動ぎし、真由香の腰にぶつかった。
 だが、起きた気配は感じられない。


「劉備さん?」

「……かん、う……」


 関羽と一緒にいる夢を見ているのだろうか。
 舌足らずで幸せそうな寝言に、真由香は思わず相好を崩した。



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