何か手伝いを、と関羽にせがんで得た仕事は洗濯物を干すこと。
 これなら家から離れず、作業は単純だから危険はあまり無い――――見かねた世平が提案してくれたことだった。片手だからやりにくいだろうが、ゆっくりやればこなせる筈だと関羽を説得してくれたのだ。

 真由香は自分の役割を得られたように思えて、それが無性に嬉しくて張り切って洗濯物を抱えて外に出た。
 世平と関羽は、今日は張飛達と鍛錬をするそうだ。見に来ないかと張飛に誘われたが、今日は洗濯物があるのでと次の機会に約束をした。誘われたことは、とても嬉しかった。

 鼻歌混じりに一つ一つ丁寧に干していると、不意に腰に何かが抱きついた。


「ほあぁっ!?」


 ああ、奇声が出てしまった。
 心臓が飛び出そうになったことよりも、そちらの方が気になってしまった。恥ずかしい。
 ばくばくと早鐘を打つ胸をやや遅れて押さえ、真由香は口を開いた。


「え、ええと、どなたでしょうか?」

「ボクだよ!」


 ぎゅっと手を握られた。
 その感触は――――劉備のものだ。
 真由香はほっと息をついて口角を弛めた。


「おはようございます、劉備さん。関羽さんなら、鍛錬しに行っていますよ」

「関羽におねがいされたの! 真由香を手伝ってあげてって」

「私の、ですか?」


 こてんと首を傾げれば、元気の良い返事が返ってきた。
 関羽が気を遣ってくれたのだろう。

 真由香は笑って「お願いします」と頭を下げた。
 洗濯物を差し出すと、劉備はえへへと笑って真由香から離れ洗濯物を受け取った。

 一人だったのがもう一人増えて、ちょっとだけ嬉しい。
 機嫌の良い真由香は、また鼻歌を歌いだした。

 すると、暫くして劉備も真由香のリズムに乗ろうと拙く歌い出すのだ。
 しかしこれは真由香の世界の童歌で劉備の知らない曲であるから、上手くは乗れないようだ。

 鼻歌でなく、歌詞を歌ってみればどうだろうかと、真由香は口を開いた。


「トントンお寺の 道成寺 釣鐘下ろいて 身を隠し 安珍清姫 蛇に化けて 七重(ななよ)に巻かれて ひとまわり ひとまわり」


 孤児院のスタッフが教えてくれた手鞠歌だ。
 遠い昔の伝説を元にした歌だそうだが、その話を聞きたいと思いながら結局今まで聞けていない。
 劉備が歌詞を覚えるように何度も歌えば、そのうち劉備も覚えて声を揃えるようになる。

 これで手鞠があれば、干し終わった後に遊べるんだけどなぁ。
 と言っても、自分は鞠はつけないんだけど。つこうものなら……無辺世界。
 服をぱんぱんと、右手を痛めない程度に引っ張って皺を伸ばしながら劉備と歌っていると、不意に背後に気配を感じた。

 誰だろうかと振り返れば、


「あ、蘇双!」


 劉備がはしゃいだ声を発した。
「こんにちは、劉備様」――――確かに、この静かで良く通る声音は蘇双のものだ。

 真由香は振り返って軽く会釈した。そこじゃないと劉備に方向を直してもらったけれど。


「洗濯物、干せるようになったんだ」

「はい。手が当たらないように気を付けてゆっくりやれば、何とか干せるみたいで。やっと仕事が出来ましたよ!」


 左手で拳を作って力強く言えば、彼はふっと笑声を漏らした。


「世平叔父と関羽は、凄く心配していたけどね。鍛錬に身が入ってなかったよ。怪我していないか、またあの楽器を弾いていないか、とかね」

「えっ、信用されてない……!?」


 がくりと肩を落とす。
 ……確かに、出かける間際まであれやこれやと耳にタコが出きるくらい注意されていたけれど。
 もう少し信用してくれても良いんじゃないだろうか!


「世平叔父は盲目を気にしてるって言うか、その手の方を心配していたようだけどね」

「……怪我した手、ですか?」

「この間楽器を弾いたからだと思う。っていうか、ボクも気になってたんだけど何で弾いたの。痛かったんじゃない? 手」


 真由香は言葉を詰まらせる。
 それから取り繕うように笑って、


「弾きたくて弾きたくて仕方がなかったんです!」


 と、世平へ話したものと全く同じことを口にした。

 蘇双はつかの間沈黙して、「……馬鹿?」と。これは少々ショックだった。


「……世平が心配するのもよく分かる気がする。真由香はもう少し、自分の身体のことを把握するべきだと思うよ」

「把握……してますよ! 今日は体調は絶好調です」

「微妙に近いけどそう言うことじゃない」


 呆れたように嘆息されてしまった。

 しかし、本当に体調は万全だ。昨日川に落ちた割には。
 さすがに風邪を引いてしまうかなと心配だったのだけれど、朝目覚めた時とても清々しい気分だった。身体も怠くはなく、至っていつも通りの……というかいつもより良好な体調だったように思う。
 ……これじゃ駄目なのかな。

 むうと考え込んだ彼女は、ややあってはっと顔を上げた。


「今日は右手は水に浸けてません!」

「うん、分かった。もう良いから」


 あれ、今度も違う。
 こてんと首を傾げた真由香の服を、劉備がちょんと弾いて彼女の注意を引いた。


「あのね、真由香」

「あ、はい。何ですか、劉備さん」

「世平もね、蘇双もね。真由香にいたいって思ってほしくないんだよ」


 痛いって、思って欲しくない。
 真由香は劉備の言葉を反芻(はんすう)した。


「そう、なんですか?」

「うん! だってね、友達のいたいってお顔、みたくないもん!」


 友達。
 その単語がやけに胸に響いたような気がした。


「わ、私が友達、ですか……」

「うん! 真由香はぼくのおともだちだよ」


 純粋な、その言葉。

――――嬉しい。
 真由香は口角を弛め、小さく劉備に礼を言った。


「じゃあ、劉備さんは私のこちらでのお友達第一号ですね!」

「うん!」

「関羽が怒るよ、きっと」



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