言葉に詰まってしまった自分が情けなかった。
 そんなことは無いって、思っていたのに。

 この村で自分には何が出来るのか、自分自身が疑ってしまったんだ。



‡‡‡




 真由香は趙雲と二人で村の中を歩いていた。
 今日は天気が良いからと、趙雲が誘ってくれたのだ。
 趙雲は真由香が外出する時、よく付き合ってくれる。

 それを有り難く思いながら、真由香はもう行き慣れ始めた道を歩いた。


「手の方はどうだ?」

「はい。まだ痛いですけど、大丈夫です。動かさなければ痛むことは無いので」

「そうか。早く善くなると良いな」

「そうですね。これじゃあバイオリンも弾けないし……」


 早くバイオリンを弾きたいものだ。
 真由香は包帯に包まれた自分の右手に触れ、苦笑を浮かべた。


「ばいおりん……とは、確かあの瓢箪(ひょうたん)のような箱に入っている楽器のことか。蘇双達が話していたが」

「はい、そうです」


 蘇双達とは、怪我が完治したらバイオリンを聞かせるという約束をしていた。約束の日にここにいることを猫族の者達が許してくれたら、という条件付きだけれど。
 約束の日まで、五日を残すのみだ。もう半分もこの村で過ごしている。それなのに、周囲の辛辣で痛ましい視線はちっとも変わらなかった。

 話しかけてみれば、また違うかもしれない。けれど、話しかけたところで真由香と会話をしてくれるだろうか。
 こんな調子で、約束の日を待つだけで良いんだろうか。


「おーい、趙雲!」


 暗鬱としかけた頃に趙雲が何処からか呼ばれた。足音が聞こえる。一人、だろうか。多分男性だ。
 しかし、何故か舌打ちが聞こえる。


「その子もいるのか……」

「ご、ごめんなさい」

「別に。妙なことさえしなけりゃな。……視界に映るのは正直嫌だが」


 露骨な警戒と嫌悪に真由香は肩を縮める。

 趙雲が咎めるが、相手の男は鼻を鳴らした。


「趙雲、お前も怪しいと思わないのか。見慣れぬ身なりで、変な物持って森に現れたなんて、普通じゃ考えられないことだろう」

「しかし、真由香は警戒する程の人物では……」

「どうだか。それも演技だとしたらどうする。何処かからの間者だってことも考えられるじゃないか。俺達はごめんだぞ。また戦に巻き込まれる羽目になるなんてさ」


 ……ここまで酷いとは、思わなかった。
 思っているよりも、猫族は自分のことを警戒している。
 真由香は俯き、唇を噛み締めた。


「まあ良いさ。とにかく、趙雲。後で家の補修を手伝ってくれ。本当は今から手伝って欲しいんだが、その娘を送り届けてからで良い」

「す、すみません……」


 頭を下げて謝罪すれば、無視された。

 離れていく足音に顔を上げると、頭にぽんと重みが載った。
 趙雲の手だ。


「真由香。気にするな。猫族は皆、外部に少々過敏になっているだけだ」

「大丈夫です。ただ、思ってたよりも警戒されているみたいで、ちょっと驚いちゃっただけですから」


 真由香は取り繕うように笑った。
 後五日で、どうすれば猫族の仲良くなるのか。
 こんなにも警戒されているのなら――――いっそ諦めた方が良いのではないだろうかと思えてしまう。
 どんっと重い物が胸の中に沈んだような心地になった。


「……真由香」

「あ、趙雲さんさっきの人にお手伝いを頼まれていましたよね。私なら大丈夫ですから、早く行ってあげて下さい」

「……いや、先にお前を送っていこう。すまないな。今日は気分転換にと森の方まで足を伸ばしてみようかと思っていたんだが」


 それは、非常に残念だ。
 真由香は謝ってくる彼に、自分からも謝罪した。

 そして趙雲が早く手伝いに行けるよう、足早に歩き出した。
 が、それが災いして躓(つまず)いた。


「そんなに慌てなくて良い。転ばぬよう、ゆっくりと行こう」

「す、すみません、ほんとに……」

「気にするな」



‡‡‡




 世平達の家に近付くと、春蝉の怒声が聞こえてきた。
 耳を澄ませると、どうやら誰かと口論しているらしい。
 勝ち気な彼女ではあるが、猫族の中ではとても慕われていると関羽から聞いていたから、少々驚いた。


「何だい! あんたはそんなに心の狭い奴だったのかい!?」

「それは関係ないだろう! 得体の知れない奴なんだぞ!? 劉備様には悪いが、あんな娘をどうして信用出来るのかオレには分からないね」

「あんなか弱い子の何処が得体が知れないんだい! 全く、男共は警戒心が強くて困る。あんたも真由香と話してみりゃ分かるよ。そんなに警戒するような子じゃないってことがね!」

「あんたらの頭がおかしいんだろう!」


 恐らくは真由香について口論しているのだろう。
 止めた方が良いんじゃないか――――そう思って近付こうとすると、趙雲が肩を掴んで止めた。


「行かない方が良い。真由香が介入すれば、余計に酷くなる」

「で、でも……」

「大体、あんな小娘一人に何が出来るってんだい!」

「――――」


 真由香は呼吸が一瞬だけ止まってしまった。
 春蝉の言葉が、いやに胸に響いた。
 何が――――何が出来るのか。
 今の、自分に。

 春蝉がそんなつもりで言ったのではないと分かってはいた。

 でも、真由香はそんな風にも聞こえたのだ。


「真由香?」

「……いえ、何でもないです」


 今、この村では自分は……何が出来るだろうか。
 ……何も見つからない。
 目の前が真っ暗になったような気がした。



 この村で自分に出来ることが何も思い付かない自分が、心から憎い。



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