「あいたたたた!! 痛い痛い!」

「我慢おしよ」


 春蝉の手当ては、容赦が無かった。

 足の強烈な痛みに悲鳴を上げ、真由香は目に涙を滲ませた。
 これは、ひょっとしたら手よりも痛いかも……!
 地獄だ。
 早く終わってくれと、切に願う。

――――ようやっと、手当てが済んだその直後、ばしんと叩かれた時には悲鳴すら出なかった。


「それだけ傷が酷いってことさ。これに懲りたら、無理なんてしないことだね」

「む、無理じゃないんですけど……」


 ぼそりと反論してみる。
 が、また足の怪我を叩かれてしまった。


「ひいっ!」

「大丈夫か?」


 これは、趙雲の声か。
 ……震えている。


「趙雲さん。笑わないで下さい」

「すまない」

「謝りながら笑ってるじゃないですか!」


 ぽんと頭を撫でられて、真由香は唇を尖らせる。人が激痛に苦しんでるのを笑うなんて……酷い。
 そっぽを向いて少しだけ頬を膨らませた。


「趙雲、このまま世平さんの家に連れてってやりな」

「ああ。分かった」


 手が離れる。


「すまないが、世平殿の家までは俺が抱えて行こう」

「え」


 瞬間、真由香は一時停止した。


「でもお隣なんですよね。そのくらいなら歩きます」

「駄目だよ」


 春蝉に、即座に切り捨てられてしまった。
 がくっと肩を落とすと、趙雲に肩を叩かれて「諦めてくれ」と。

 せめて背負って欲しいと重ねて願い、折れてもらった。折角の厚意に文句を付けてはいけないとは思うけれども、お姫様抱っこは本当に恥ずかしいのだ。夢見ていたのは幼い頃まで。今はそんな憧れは消えたし……体重だって気になる。

 春蝉に手伝ってもらいながら趙雲に負ぶわれると、彼は真由香に合図をして立ち上がった。浮遊感と共に、重力に身体が下がりそうになる。足を支える趙雲の腕に力がこもった。


「じゃあ、趙雲。頼んだよ」

「ああ。しっかり掴まっていてくれ」

「は、はい」


 重くてごめんなさい。
 心の中で謝罪し、真由香は細心の注意を払って彼の首に腕を回した。



‡‡‡




 床に下ろされ、真由香は趙雲に頭を下げた。


「ありがとうございます」

「足は痛むか?」


 首を左右に振って否定する。
 正直、まだ痛いが春蝉に叩かれた直後を思えば些末なもの。
 それに、あれが収まってしまえば、右手の方が痛いし……。

 真由香は趙雲に再び礼を言った。その後に、謝罪も忘れない。

 するとそこへ、扉が開かれ誰かが入ってくる。


「ただいま――――って、あら。真由香、趙雲に連れてきてもらったのね」


 そこで、彼女は一旦沈黙してしまう。

 真由香はあっと声をこぼした。
 多分膝の傷を見られたのだろう。


「真由香……もしかして転んだの!?」

「……はい」


 ばたばたと足音が聞こえる。
 風が動いた。ふわりと、甘い匂いが鼻孔を通り抜けた。これは、関羽の匂いだ。

 関羽が目の前に来たのだろうと推測すると、ふと左手を握られた。


「ごめんなさい、真由香。わたしがあなたを一人にしたからよね。やっぱり、一旦真由香を家に帰らせてから行くべきだったんだわ」

「いや、そんな気に病むことじゃ……」


 たかが怪我くらいで、大袈裟だ。
 真由香は苦笑した。関羽の手をやんわりと剥がし、逆に握り込んだ。


「膝の怪我くらい、誰でもありますよ。だから、そんな風に言わなくて良いんです」

「でもあなたは目が見えないのよ? 下手をしたら大怪我をしていたかもしれないのに」


 真由香は首を傾けた。少しだけ、眦が下がる。

 彼女達は、ただ自分を心配してくれているだけ。とても優しいから、心を砕いてくれているんだ。それはとても助かるし、嬉しいこと。
 けれども、真由香としては目が見えないから良く転び、大怪我をしやすいのだと思われたくはなかった。欠点だと思っていない盲目を否定的に見てしまうような気がして。院長は、目が見えても良く転ぶ子だと言ってくれた。それを信じたい。
 ……何でもかんでも盲目の所為にしてしまうのは、嫌だ。

 世話になっている身分だからとそんな我が儘が言えなくて、真由香は苦笑を浮かべたまま関羽の手を放した。

 様子が少しだけ変わった真由香を関羽は怪訝に思う。


「真由香? どうかした?」

「いえ、何でもありません。えと、……怪我もしてますから、今日は部屋で大人しくしておきますね」

「あ、じゃあ肩を貸すわ」

「大丈夫ですよ。一人でもちゃんと歩けますし。ただ、まだちょっと慣れていないので手を引いて下さると助かるんですが……」

「分かったわ」


 左手を少しだけ前に出すと、関羽が握ってくれる。
 足を気遣いながら立ち上がって、趙雲に三度礼を言った。

 趙雲は「困った時はいつでも頼ってくれて良い」と真由香の肩を叩いて、家を出ていった。通りかかったとは言え、井戸の側からここまで付き合ってもらってしまって、申し訳なく思う。それに……自分はかなり重かっただろう。


「それじゃあ、真由香。こっちよ」

「はい。すいません」

「気にしないで」


 軽く手を引かれ、真由香は足を踏み出した。



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