真由香が外に出る時は、必ず誰かが同伴する。
 そんな約束事を、半ば強引に決められてしまった。

 真由香自身足場の不安定さにはどうする事も出来ないので、それは了承したのだが、……二日目に散歩に付き合ってもらった関定や張飛はやたらと気を遣う。そんなに自分は危なっかしいだろうか。ただ数回躓(つまず)いただけなのだけれど、その度に過剰な程に驚くのだ。

 大丈夫だと言っても、彼らは信用してくれなかった。
 ……あまり、過保護になられるのは苦手なのだけれど。

 自分の目の見えないことを、真由香自身欠点だとは思っていない。その為、出来ることを出来ないと決めつけられて遮断されることは嫌だった。今はまだそんなことは全くないけれど、慣れてくればそんなことにもなりかねない、気がする。

 優しくしてくれるのは、本当に嬉しい。でも、やっぱり――――。

 と。


「うわっ!?」


 背中から誰かが抱きついた。

 気配に全く気付いていなかったから――――と言うか後ろまで気にしている訳ではなかったのだから気付く筈もない――――心臓が飛び出るのではないのかと思う程に仰天した。

 思いの外強い腕の力。これは、子供? 子供に抱きつかれてるの?
 ばくばくと早鐘を打つ胸を押さえ、見えない目を白黒させる。


「り、劉備!」


 慌てふためいた張飛の声が鼓膜を叩いた。

 それに、ああ、劉備さんかと少しだけ安堵する。ちょっと、昨日のイメージとはだいぶ違うけど、飛びついたりするんだ――――。


「えへへ……! ぎゅーっ」


――――ん?


「劉備様、背後から抱きつくのは止めた方が良いですって! 中身口から出ますよ!?」

「なかみ? 何がでるの?」


 ん、んんん?
 あれ、劉備、さん……。

 あれっ!?


「ちょ、ちょ張飛さん! 今私に抱きついてる劉備さんって、皆さんの長さんと同姓同名の方ですか?」

「んあ? ちげーちげー。劉備は劉備だけだぜ、な?」

「うん! ぼく劉備だよ」

「……あれ?」


 じゃあ……じゃあ昨日の人は何?

 ……いや、まず落ち着け。
 落ち着いてみれば声は昨日の劉備と良く似ている。似ているが……、


「あ、そうだ!」

「何だ? 何かあったのか?」

「劉備さん、私の手を握ってもらえますか!」


 やんわりと彼を身体から離し、真由香は劉備を振り返る。そこにいるか分からないけれど、すっと目の前に左手を差し出した。


「? こう?」


 ぎゅっと、握ってくる温もり。それを確かめるように握り返し、真由香は息を止めた。

 同じ、だ……。


「じゃあ、やっぱり、……劉備さん?」

「うん。そだよ」


 ……精神に異常があるような風に聞いていたが、こういうことだったのか。
 手を離し、真由香は張飛達を呼んだ。


「あ、あの……詳しく説明をお願いできますでしょうか」

「説明? 何で」

「――――あ、そう言えば知らなかったんだよな。真由香が会ったのって本来の劉備様だったし」


 この村では当たり前のことなんだろう。張飛はきょとんと問い返してきたが、関定は思い出したように言って謝罪してきた。


「……けど、劉備様のことを話す前に、猫族のこと話さなきゃなんねーんだよな」


 口調が、重く、歯切れ悪くなった。


「まおぞくのことですか?」


 秘密なんて……、ここは普通の村ではないのだろうか。
 首を傾ける真由香に、関定は唸った。

 けども、張飛はあっけらかんとしたものだ。


「別に良いんじゃねぇの? どうせ、ここで暮らすことになるかも知れねぇんだろ? んじゃ、むしろ知ってた方がオレ達もやりやすいじゃん」

「お前な……」


 呆れたように関定が呟く。
 しかし、それから暫く考え込んだ彼は、真由香の肩を叩いた。


「……何があっても驚かねえでいて欲しいんだけど、さ」

「? はい」

「オレの頭、触ってみ?」


 ……頭?
 何故、この話の流れで頭を触ることに繋がるのか。
 真由香はぐぐっと眉根を寄せた。

 しかし、関定は真由香の手を掴むと、少々強引に持ち上げた。

 そして、指先に柔らかな物が触れる。
 中指がさらりと撫でたのは、……頭の筈だ。
 けれど、そこには頭の感触とは違うそれがある。いや、むしろ、これは髪と言うよりは、頭と言うよりは、


「……犬耳?」

「「違う!!」」


 即座に大音声で否定された。


「え!? じゃあ――――まさか豚の耳ですか?」

「離れた! 何か物凄く離れた!!」

「物凄く……あ、分かりました! 牛ですね!!」

「お前の思考どうなってんの! 何でそこで猫耳っていかねぇの!?」

「…………盲点でした!」


 負傷した掌に拳をぽんと落とし、もう一度手を伸ばす。言われてみれば、猫耳のようにも思えなくも……ない?


「ほら、猫だろ?」

「……そう言えば」

「ん?」

「私猫の耳触ったことありませんでした」

「「……」」


 直後、二人は長々と嘆息してしまった。



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