朝。
 真由香は世平に連れられて集会所に向かった。何度か躓(つまず)いたが、その度に世平に助けてもらった。

 集会所には、大勢の人が集まっているようだ。談笑している声や、挨拶を交わす声が幾つも飛び交っている。
 だが、それも真由香に気が付くとぴたりと止んでしまうのだ。

 気まずい沈黙に真由香は身を堅くし肩を縮めた。


「大丈夫よ、真由香」

「あ、はい」


 後ろからついてきていた関羽に、優しく声をかけられる。

 真由香は頷いて姿勢を正した。一つ深呼吸した。
 視線が集まっているのだと思う。肌がぴりぴりと痺れるように僅かに痛む。それでも、顔を上げて、見えていないけれど正面を強く見据えた。

 すると隣で世平が声を張り上げた。


「皆、彼女が真由香だ」

「この娘が趙雲の連れてきたという……?」

「見慣れない服をしているけれど……本当に危険な娘じゃないの?」

「おい、本人の前でそういうことを言うもんじゃないだろ」

「あ、あの、気にしないで下さい。私は余所者だから、そんな風に言われるのも当然だと思うので」


 真由香を怪しむ者もいるが、そうでない者もいるようだ。
 またどよめきだす村人達。

 やっぱり、出て行くべきなんだろうか。
 胸の前で両手を重ね、真由香は俯く。

 ……迷惑ならやっぱりここに長居するのは止めよう。
 そう思って顔を上げた直後だ。


「ここにいると良い」


 そっと優しく染み渡るような声が聞こえた。



‡‡‡




 水を打ったように静まりかえったその場に真由香は戸惑う。
 すると、関羽が驚いたような声を上げた。


「劉備、今日も意識が?」

「うん。最近はすこぶる調子が良いみたいなんだ。といっても、明日からは分からないんだけれどね」


 この声の主が、劉備?
 『まおぞく』の長だと、前もって世平に教わっていたけれど、声は彼女が思っていたよりも随分と若い。


「あ、あの……」

「初めまして」

「は、初め、まして」


 左手が温かい物に包まれる。これは、手だ。そっと優しく握って来る小さな手だ。やはり、長という彼は多分真由香よりも若いか、同い年くらいだろう。
 それでも彼が言を発しただけでこの静けさ。凄い。


「手は、大丈夫?」

「へ? は、はい! まだ動かすと痛いですけど、刺激しなければ大丈夫です。関羽さんや村の方々には本当に迷惑をかけてしまって……」

「気にしなくて良いよ。行く宛が無いのなら、ここにいると良い」


 穏やかに、優しく劉備は言ってくれる。

 しかし、先程までの『まおぞく』の人々の態度や言葉から、真由香が招かれざる客であることは明らかだ。

 如何に長の言葉と言えど、真由香には躊躇いが残った。
 この厚意を受けて、迷惑をかけてしまえば劉備の信頼にも響いてしまうのでは――――そんな風にも考えてしまった。

 言葉を濁す真由香に劉備は「遠慮する必要は無いから」と言葉を重ねて勧める。

 それでも真由香は躊躇した。何と返そうか悩んで顔を歪めた。

 そこでふと、見かねたらしい趙雲が口を挟んだ。


「では、十日程ここに滞在し、その後に猫族の者達にもう一度訊けば良いのではないか? もしも受け入れられないと言うのなら、俺が近くの村に彼女を送り届けて相談してみよう」


 劉備は黙り込んで思案した。真由香の手から温もりが離れていく。
 やがて、


「……そうだね。趙雲の言う通りにしてみよう」


 と。

 その結論に、真由香はほっと息をついた。これは安堵なのだろうか。自分では判断が付かなかった。
 劉備は再び真由香の手を握ると、小さく謝ってきた。

 謝られる理由は無いのにと、真由香はふるふると首を左右に振る。


「不便なことがあったら遠慮無く言うと良い。ここでは、気を遣わないで」

「あ、ありがとうございます。……でも、本当に良いんですか?」

「僕には、君が悪いようには見えないから。関羽も、そう言っていたし。僕は君の話を信じる」


――――優しい人だ。
 真由香は言葉を失ったように薄く口を開いたまま固まった。

 長が了承すれば、猫族の者達も渋々と趙雲の提案を受け入れる。

 十日後、彼らがどんな答えを出すのか、考えると少々不安もある。けれども余所者なのだから仕方のないことだ。
 どんな答えが出ても受け入れるつもりではあるけれど、なるべく彼らの迷惑にならないよう、立ち居振る舞いには十分気を付けていよう。

 申し訳無く眦を下げていると、趙雲に肩を叩かれ声をかけられた。


「良かったな」

「えと、はい。何だかすみません、本当に……」

「気にしなくて良いさ」


 肩の次は頭だ。優しく撫でられると、本当に安心する。
 昔から、真由香は人に頭を撫でられるのが好きだった。唯一、本当の母親との記憶が頭を撫でられているものであるからだろう。子供扱いだと嫌がることは全く無かった。

 暫く目を伏せてその感覚に委ねていると、関羽が話しかけてくる。


「これから村の案内をするわ。ここで暮らすならある程度知っておいた方が良いかもしれないし。目が見えないと不便でしょうけど、大丈夫?」

「大丈夫です。頭の中である程度の地図が作れたらとても楽ですから。……あ、すみませんが、手を握っていてもらえませんか。足場がちょっと凸凹しているみたいなので革靴だと歩きにくくって……」

「分かったわ」


 そっと劉備の手が離れ別の手に握られる。控えめに引かれて歩き出した彼女は、


「……うわぁ!!」

「え!?」


 何も無いところで躓いた――――……。


「だ、大丈夫!?」

「か、顔……!」

「ああっ、額から血が!!」



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 夢主は転ぶ瞬間関羽の手を離してます。なので転んだのは夢主だけです。
 顔面は痛い。



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