葵様





†リクエスト内容
 曹操。
 夫婦になるorなっている・結婚or結婚して子供が出来てからの数年後
 ほのぼの
 他キャラ絡みあり。




「待てコラ〜!」

「やだーっ!」


 きゃらきゃらと笑いながら、一人の女児が二人の少年に追いかけられて豪奢な屋敷内を走り抜けていく。その足は少年達でもやっと追いつける程の俊足である。


「ちっくしょー! 母親に似やがって!!」

「張飛オレ、足に自信が無くなってきた……!」

「負けんな関定! あいつ止めなきゃオレたちが姉貴に怒られんだぞ!!」


 張飛、関定と互いを呼び合う二人の頭にはぴんと立った猫の耳がある。
 女児にも、同様の耳が。
 彼らは世に言う猫族である。人間からは十三支と蔑まれてはいるが、この屋敷ではそれ程でもない。

 ただ、女児は混血であった。
 否、混血の更に混血と言った方が良いのかも知れない。
 彼女の父親が、人間と猫族の間に生まれた混血で、母親が人間なのである。
 されど母親譲りの身体能力と父親譲りの髪と目を持った女児はそんな生まれながらも周囲から惜しみ無い愛情を注がれている。ここには彼女を蔑む者など一人もいなかった。


「ちょっと張飛! 関定! 何をしてるの!?」

「げっ!! 姉貴!」

「関羽さま!」


 母親が主と仰ぐ影響もあって、女児は突き当たりから現れた関羽に抱きついた。
 その隣にいた劉備にもぎゅっと抱きつく。

 嬉しそうな女児とは打って変わり、張飛達は立ち止まってざっと青ざめる。

 関羽はそんな二人をじとりと睨んだ。


「二人とも……三珠樹のお守りを頼んでいたわよね。ちゃんと見ていてねって言ったわよね?」


 二人は口角をひきつらせて一歩退がった。


「う、そ、それが……いきなり三珠樹が追いかけっこしようって走り出して……」

「オレたちもこうして追いかけたんだけど……足が速すぎて」

「へへ……! 追いかけっこたのしかった!」


 二人の様子などお構い無しに、女児――――三珠樹は関羽と劉備を見上げる。


「張飛たちと追いかけっこ、たのしかったの?」

「うん! でもね、関羽さまと劉備さまともあそびたいの! あしたあそんで!」

「うん。良いよね、関羽?」


 未だ幼さを残す劉備が関羽を見上げる。
 関羽は吐息を漏らし、短く頷いた。


「良いって、良かったねぇ」

「うん! あしたもここにくるの」


 へにゃり、と彼女は笑う。
 つられて関羽も口角を弛めた。

 その隙に――――。


「関定!」

「おう!」


 顔を見合わせた少年達は一目散に逃げ出してしまうのだ。お守りのことなど、関羽に怒られたくない一心で忘れてしまったらしい。


「あ、ま、待ちなさい二人とも!」

「関羽様。何を大きな声を出されておられるのです」


 関羽達の後ろから現れたのは幽谷。三珠樹の母親である。関羽から遅れてやってきたのだが、彼女を怪訝そうに見る。
 幽谷を見た途端に三珠樹は表情を晴れやかにし、飛びついた。

 幽谷は張飛達に頼んで町で遊ばせていた筈の娘がここにいることに、少しばかり驚いた。
 されどすぐに屈み込むと、三珠樹の頭を優しく撫でてやる。
 耳を掠り、三珠樹は擽ったそうに身を捩った。


「どうしてあなたがここに?」

「あのね、張飛と関定とおいかけっこしてたらここにきてたの」

「そう……。では、ついでにお父様にも会いに行く?」

「うん!」


 彼女の父親――――曹操は非常に忙しい身の上だ。日中はあまり曹操と会うことは無く、遊んでもらえることもほとんど皆無に近い。
 折角来たのだから、顔ぐらいは見せたやった方が良いと幽谷は三珠樹を抱き上げた。


「関羽様、」

「ええ。わたしたちは先に鍛錬場に行っているわ。ゆっくりしてきて」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます!」


 関羽は三珠樹の頭を撫で、「またね」と声をかけると、劉備と共に歩き出す。
 それを暫し見送った幽谷は三珠樹の頭を撫でてくるりときびすを返した。

 かつかつと足音を響かせて回廊を歩いていると、右手にある部屋から夏侯惇と夏侯淵が出てくる。どうやら戦術の勉強でもしていたらしい。木簡と地図がいくつか夏侯惇に腕に抱えられている。
 二人は三珠樹に気が付くと一様に目を剥いた。


「三珠樹!?」

「なっ……おい、幽谷」

「ええ。朝町に行きたいと言っていたので、町で遊ばせていたところ、屋敷に来てしまったようです。曹操殿に会わせたいのですが、彼がどちらにいらっしゃるか分かりますか?」

「曹操様なら私室にいる筈だ。だが……一人で来たのか」

「私と会った時には関羽様達とご一緒でした。ですが、娘のことは張飛様達にお願いしていて……」

「張飛と関定もいっしょだったよ。関羽さまがおこったから、にげちゃったの」


 夏侯淵に手を伸ばして抱っこをせがむ三珠樹に夏侯惇は渋面を作る。
 夏侯淵に抱き上げられた彼女ははしゃぐ。

 その様を眺めながら、


「良いのか? やはり日中もここにいた方が安全なのでは……」

「……私もそう思うのですが、猫族の自由な雰囲気の中で育った方がよろしいと曹操殿が。それに、世平様が仰るには三珠樹の身体能力は私譲りだそうで、世平様が無理の無いように制御の仕方を教えて下さっているのです。ですから日中は……」

「……そうか。だが数日前に呉の手の者があれを誘拐しようとしただろう」

「ええ……曹操殿が混血だって話は何処からか漏れているようで、猫族だからと違うと認識されなくなっています。あの時は蘇双様が一緒でしたから何とかなりましたが……」


 夏侯淵と談笑する三珠樹に笑いつつ、幽谷はやはり一日中この屋敷にいさせた方が安全なのだろうかと密かに吐息を漏らした。
 けれど、ここでは三珠樹に媚びを売ろうとする輩が非常に少ないが、いる。それに戦が近くなれば空気は張り詰めて不穏な言葉が飛び交う。それを考えると、日中だけでも猫族のもとにいた方が良いのではと思うのだ。

 こればかりは、悩んでもなかなか答えが見つからない問題だった。
 また溜息をつくと、不意に三珠樹が回廊の奥を見やってはしゃいだ声を出した。


「とうさま!!」

「うわっ、ちょっと待て! 降ろしてやるから暴れるな!」


 夏侯淵がそっと床に降ろすと同時に三珠樹は走り出す。

 奥から歩いてくる男性は、それに気付いて腰を屈めた。三珠樹の小さな身体をその腕で優しく包み込むと、そっと抱き上げる。立ち上がってこちらに歩いてきた。

 夏侯惇と夏侯淵はさっと頭を下げた。


「幽谷。三珠樹は町で遊んでいると聞いていたが」


 男性――――曹操は二人に頷きかけると幽谷を見下ろして問いかけた。


「張飛様達と遊んでいるうちにここに来たそうです。どうせだから曹操殿と会わせようかと思いまして」


 父親とはいつも寝る前に挨拶する程度だった為、三珠樹は心底嬉しそうだ。曹操の首にぎゅっと抱きついてなかなか離れそうにない。
 曹操も満更ではないようで、三珠樹の頭を優しく撫でてやる。部下に指示を飛ばす時の鋭利な光は、今の眼差しには無かった。れっきとした父親の柔らかい目だ。


「夏侯惇。私の部屋に茶を頼む。暫くは私の部屋へは誰も来ぬようにと伝えよ」

「はっ」

「行くぞ、幽谷」

「……よろしいのですか? まだやるべきことがあるのでは、」

「いや、もう一段落ついている。少し休もうとしていた考えていたところだったのでな、丁度良い」


 幽谷はそこで苦い顔をした。
 彼女は三珠樹を曹操に会わせた後、鍛錬場に行かなければならなかったのだ。
 回廊を歩いて行ってしまう曹操を見つめながら、幽谷は逡巡する。

 するとそんな彼女に夏侯惇が声をかける。


「関羽達のことならば、俺が言っておく。気にするな」

「夏侯惇殿……ありがとうございます。では、失礼いたします」


 幽谷は躊躇いこそあれど、夏侯惇の言葉をありがたく受け取った。深々と頭を下げて彼らを追いかける。


「兄者、関羽達にはオレが」

「ああ。すまない」


 二人は頷き合って、幽谷達とは真逆の方へと歩き出した。



‡‡‡




 三珠樹は父親に沢山のことを話した。
 沢山、沢山話して――――疲れて眠ってしまった。
 寝台で健やかな寝息を立てる我が子を見下ろし、曹操は笑う。


「早いものだ」

「……そうね」


 年月は、本当に早い。
 まともに喋れず、か弱い赤ん坊だった三珠樹が、今ではあんな風に元気に走り回って、あんな風にはきはきと父親に話をするのだ。
 その成長を喜んでいるのは幽谷だけではない。

 三珠樹の柔らかな頬を手の甲で優しく撫で、彼はふと幽谷を呼ぶ。

 応じて彼の傍に立てば腰をそっと抱かれた。曹操は無言で幽谷の腹に顔を埋める。その頭を、そっと撫でる。髪の合間から、耳を切り取った跡が見えた。なんて痛々しい。
 そこに唇を当てれば、曹操がぴくりと震えた。


「幽谷……」

「あなたは今でも、混血であることが疎ましい?」


 鷹揚に問いかける。
 曹操は黙り込む。腕に力が籠もる。


「……疎ましくはなくなった。ただ、」

「ただ?」

「父親がかつて自分の耳を切り落としたことを知った時、娘がどう思うか、不安に思ったことはある」


 もし、それを知ってしまえば。
 娘は曹操を拒絶するのではないか。父が自分を嫌っていると誤解するのではないか。
 そんな、不安。

 幽谷は手を止め、三珠樹を見下ろした。


「そんなことは無いわ。私達の子供だもの。あなたが愛しているから優しくしてくれることも、この子はちゃんと知っている。それに万が一三珠樹がそんなことを言ったとしても、私が殴っておくわ」

「……殴るのか?」

「大丈夫よ。だって身体の丈夫さも私譲りだそうだから」


 冗談混じりに言って、幽谷は笑う。
 曹操の不安を払拭するかのように、彼女の手は頭を撫で続けた。

 彼女の手はとても優しい。
 何度自分はこの手に癒されたか……。
 曹操は薄く微笑んで、ふっと目を閉じた。

 黙り込んだ夫を、幽谷は訝る。


「曹操殿?」

「暫くこのままでいてくれ」

「……はい」


 甘えるように彼は顔をこすりつける。まるで猫のようだ。

 幽谷は、ふっと目元を和ませた。
 彼の額に、優しい口付けを落とす――――。



●○●

 葵様リクエストです。
 ちなみに一番長いです。これから先も一万打では長くなる作品があることが予想されます。ですが文字数に関係無く全ての作品に感謝と愛は惜しみ無く込めてます(真顔)

 この二人の娘は将来どんな子になるんでしょうね。武将として戦場にいても良いような気が……。
 とまあ私の妄想は片隅に置いておきます(^_^;)

 葵様、この度は企画に参加いただきましてまことにありがとうございました。
 これからもどうか、よろしくお願い致します。

 なお、お持ち帰りは葵様のみとなります。



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