侑様





†リクエスト内容
 趙雲。
 恋人でない設定。
 甘。




 幽谷は動物に好かれる。
 人間に忌み嫌われる存在であるが、動物達はそうでもないようだ。
 ぼうっと突っ立っていると必ず足元に、鹿やら兎やら虎やら狼やら……肉食草食問わず寄ってくるのだそうだ。それなのに、虎などが兎などを襲うことは無いそうだ。彼女にいると心地良いからだと、劉備は断言していた。趙雲も、それには同意する。想いを寄せているからかもしれないが、幽谷の側にいると、本当に心が安らぐのだ。

 その安らぎを求めて、彼は今日とて蒼野を訪れるのだった。


「あっ、趙雲。こんにちは」


 猫族の村を一人歩いていると、関羽に声をかけられる。
 挨拶を返せば、趙雲の目的を知っている彼女はふふと笑う。


「幽谷なら、さっき村近くの川に行ったわよ。ほら、趙雲が劉備達と一緒に遊びに行った川。今日は暑いから、上流に涼みに行くと言ってたわ」

「……ああ、あそこか。分かった。ありがとう」

「いつも頑張るわね。幽谷、あなたのこと苦手みたいなのに」

「そこが可愛いんだ。俺にしか見せない表情もあるしな」


 一瞬関羽の笑顔が固まった。だが趙雲は気にしない。片手を挙げて礼を言い、小走りにその場を離れた。

 その後ろ姿を見、関羽は苦笑をこぼす。


「ある意味、丁度良い組み合わせなのかも」


 彼女の呟きは、風にさらわれる。



‡‡‡




 幽谷は上流で、水に入っていた。勿論、岩で流れが緩くなっている場所で。
 足を冷えた川の水に浸からせ、空を仰いでいる。
 その側には一頭の狼。同じように水に浸かって幽谷を見上げている。

 趙雲に気付いたのは狼が先だった。尻尾をゆるゆると振って一声吠える。

 すると、ゆっくりと彼女がこちらを見るのだ。


「……趙雲殿」

「――――幽谷?」


 おかしい。
 幽谷は趙雲に強い苦手意識を持っている。会えば直後に顔を歪める。それが普通なのだ。

 だのに、今の幽谷は無表情。関羽の側で部下として在る時と同じような雰囲気なのだ。
 更に、狼も心配そうに幽谷を見上げている。
 趙雲は訝しんだ。


「幽谷、どうした?」

「……何がです?」


 趙雲が近付いても、彼女に逃げる素振りは見られない。

 以前ここで劉備達と遊んだ狼なのだろう、狼が趙雲にじゃれついた。縋るように彼を見上げる。
 それを見、幽谷は薄く笑う。彼女は狼の視線には気付いていないようだ。


「……何かあったのか?」

「何がです?」


 同じような問いを返す。
 趙雲の眉間に皺が寄った。
 靴はそのままに己も水に入り、幽谷の腕を掴もうと手を伸ばした。

 が――――。


「っ!?」


 藻で足が滑ったのである。
 趙雲の身体が幽谷に迫る。

 幽谷は咄嗟に横に退いて彼の身体を避けた。狼も同様に。

 だが結局、上がった水飛沫に服は濡れてしまうのだけれど。
 それでも彼女は顔を歪めることは無かった。

 ぐっしょりと濡れてしまった彼の前に立ち、顔を覗き込む。


「大丈夫ですか?」

「あ、ああ……」


 手を差し出され、やおら起き上がる。有り難くその手を借りた。
 立ち上がると、顔に張り付いた髪を払う。前髪が目に入りそうだったので、正直助かった。

 しかし、今日の彼女はやはり変だ。

 趙雲は幽谷の腕を取り、顔を近付けた。

 幽谷は瞠目して顔を逸らした。


「幽谷、どうした? いつもと様子が違うぞ」

「……自分は至っていつも通りでいるつもりですが」


 嘘だ。
 趙雲はぐいと腕を引いて幽谷の身体を引っ張った。逃げないように腰に手を回す。

 顔が接近する。
 互いの鼻が触れ合い、吐息が混ざる。

 幽谷は表情を固まらせ肩を掴んで押した。
 されど、びくともしなかった。


「幽谷」

「何ですか。近いので離していただけると助かるのですが」


 こちらが濡れます。
 幽谷が戸惑ったように言うが、趙雲は彼女が問いに答えるまで離すつもりはなかった。じっと見つめ、無言で促す。

 幽谷の眉目が、ぐにゃりと歪んだ。そのままでいるのもさすがに辛く、細く吐息を漏らして「分かりました」と趙雲の肩から手を離した。


「話します。ですが、この状態では吐息がかかって非常に気になりますので、まずは離して下さい」

「……分かった」


 彼女の身体を解放すれば、近くの岩に座り込む。趙雲と密着していた所為で、幽谷の身体の全面はすっかり濡れてしまっていた。
 幽谷の膝に顔を乗せて甘えてくる狼に、彼女は頭を撫でてやる。


「ただ、今日は夢見が悪かっただけです」

「夢?」

「ええ。……何とも不吉な夢です」


 幽谷はぐっと拳を握り、ふっと笑った。まるで己を嘲っているような、暗い笑みだ。
 彼女のこんな表情は、初めて見る。


「どんな夢か、訊いても良いか?」

「私が子を作る夢ですよ」


 趙雲は仰天する。
 幽谷が、子を、作る……夢。


「――――ということは、その、夫もいる、ということか」

「ええ。おかしい話でしょう。四凶が夫を持ち、子を育てるなんて。しかもその子供は普通の人間なのです。絶対に有り得ない」

「い、いや!! おかしくはない!」


 自分でも思わぬ程の大きな声が出てしまった。
 幽谷は驚き、瞬きをする。


「ああ、す、すまない……しかし、その夢は本当におかしくなどない。幽谷は四凶である前に女だ。誰かを好きになって結ばれるというのも、当然の話だと思う。思うんだが……一つ訊いても良いか?」

「はい?」

「……その、夫のことなのだが、誰なんだ?」


 ぴたり。
 幽谷は固まった。かと思えばゆっくりと趙雲から顔を逸らして返答に窮している様子だ。

 彼女の答えを聞きたいが、怖い。
 これで自分じゃなかったら、絶対に自信が無くなる。
 ……というか、自分である確率の方が低いような気が――――。


「……幽谷? その、答えづらいのなら無理して答えなくても」

「……っ!」


 肩に手を伸ばした瞬間である。
 幽谷は素早くその手を避けた。


 その顔は、真っ赤だ。


 趙雲はえっとなって幽谷の顔を凝視した。


「どう――――」

「お、覚えていません……!」


 視線に耐えかねて幽谷は身を翻す。水から上がって村に向かって川を下り出す。趙雲から逃げているようにも見える。
 狼は一声吠えて、彼女を追いかけた。

 ……趙雲はと言えば、その場に固まっていた。脳裏に幽谷の赤い顔がこびりついて離れない。
 だって。
 今の顔は。
 今の反応は――――。


「……!!」


 そういう……ことだと思っていて良いのか?
 自分の顔に熱が集中するのを感じ、趙雲は顔を手で覆った。


 どうしよう。
 嬉しい。


 彼は幽谷が置いていった靴などを拾って彼女を追いかけた。



○●○

 侑様リクエストです。

 書き終わって気付きました。
 前置き関係ない……!
 しかし差し替えようにも上手い文章が思い付かず……すいません。そのままにしています。
 ちなみに夢主は夢のことが気になりすぎて趙雲にどのように接していたか分からなくなっていたのでした。


 お久し振りです、侑様。パスの件ではご迷惑をお掛けしました。
 恋人設定でないということでしたが、ちゃんとご期待に添えておりますでしょうか?

 企画に参加していただけてとても嬉しく思います。
 こんなサイトでよろしければ私はいつでも大歓迎ですよ! そのように言っていただけるなんて、サイトを始めて本当に良かったです(^-^)

 どうかこれからもよろしくお願い致します。

 お持ち帰りなどは侑様のみとなります。



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