綾莉様





†リクエスト内容
 劉備。
 曹操の幼なじみ夢主。
 曹操×関羽
 文字数の関係で詳しい設定は省略しています。




 ○○は別に猫族が嫌いな訳ではない。
 むしろ気心の良い彼らは友人としてとても付き合いやすいし、殺伐とした屋敷の中にいるよりは彼らといた方が遙かに楽しくて有意義だ。兄に似て放浪癖のあった彼女は最近ではそれも落ち着いて来ている。

 そんな彼女は、何故か猫族の少女関羽にだけは辛辣に当たっていた。
 関羽を見ると必ずその場を離れ、絶対に会話をしない。
 張飛や関定が訊ねても、彼女は頑なに理由を話さなかった。どうせ馬鹿にされるからと、絶対に言わなかった。

 理由が彼女とは昔から付き合いのある曹操にも分からないと言うのは、非常に珍しいことである。
 だからこそ、ただ関羽との関係を咎めただけで気の強い幼なじみがそのように顔を歪めたのには酷く困惑した。

 ○○は今まで泣いたことが無い。それが彼女の自慢でもあった。親や兄が亡くなった時も、二人の分も何が何でも楽しく生きるからと、笑って見送った程の女、それが○○だ。
 それなのに、今、彼女は丸い眼から大粒の涙をこぼして曹操をキツく睨んでいるのだ。唇を真一文字に引き結んで、何かを訴えかけるかのように。
 彼女がこんな顔をするなんて、いや、出来るなんて思いも寄らなかった。
 いつも彼女は笑うか怒るか、どちらかだったから。


「○○」

「……っうそうなんか……」


 曹操なんか、関羽と一緒に消えてしまえば良い。
 そう絞り出すように、彼女は言った。

 そうして、曹操が何かを言う前に部屋を飛び出してしまった。

 後に残された曹操は、咄嗟に伸ばした手を所在なげに降ろす――――。



‡‡‡




 ○○と曹操は出会ってからずっと、何をするにも一緒だった。
 彼女にとってそれは何よりも心地良い居場所だったし、無くしたくない拠り所だった。

 けれども、これからもずっと一緒なんだと信じていた幼心は、脆く崩れてしまう。

 関羽が○○から曹操を奪ったのだ。
 いきなり現れて、○○程長くいた訳でもないのに曹操の何もかもを奪って。
 そのくせ、自分とも仲良くなろうとして。
 だから、関羽は大嫌いだった。

 それなのに、仲良くしろって?
 関羽に相談でもされたのだろう曹操に言われた瞬間、頭の中で何かが崩れたような気がした。

――――そうか。
 曹操は、私のように思っていなかったのだ。
 あの関係を大事に思っていたのは私だけ。

 どれだけ好意を寄せていても、あいつにとっては下らないのか。
 そう思ってしまえば、割り切れるような気がした。


「……もう良いや、何か」


 廊下を歩いていた○○は、ふと足を止めて口角をつり上げた。
 じゃあ、私はここにいる意味は無いよね。
 ぽつりと呟くと、○○は駆け出した。

 が、突然目の前の扉が開いて顔面を強打した。


「ぶっ!!」

「え?」


 顔を押さえて後退し、その場にうずくまる。鼻骨が嫌な音を立てたような気がするのだが、それは思い過ごしであると思いたい。
 折角止まっていた涙を痛みにまた流していると、彼女にすっと影が落ちた。

 見上げるよりも早く、影は身体を折って屈み、○○の頭に何かを乗せてくる。


「ごめんね」

「あ……劉備」


 猫族の長だ。彼が曹操の屋敷にいるのは珍しい。
 ○○は鼻を撫でつつ彼を見上げた。

 劉備は眉を八の字にして○○に再び謝罪した。その時になって、頭に載っているのが彼の手だと知る。


「いや、故意的じゃないし、別に良いよ。それより、珍しいね。いつもは猫族の村にいるのに。一人でここに来たの?」


 話を変えると、劉備は綺麗に笑って頷いた。


「ああ。今日は僕の方から○○に会いに行こうかなって思ったんだ」


 猫族の中でも、劉備は特に○○と仲が良い。彼が最初から○○に良く懐いているのだ。
 ○○も、彼にはどうも既視感を感じているから、何かと親しみを感じている。どうしてそうなのかは、思い出せないから分からないのだけれど。

 ○○は劉備の手を借りて立ち上がると、劉備は顔を覗き込んで目元に指を添えた。


「泣いていたのかい?」

「ん? ああ、まあさっきの衝撃で」

「……ごめんね」

「いやだから良いってば」


 苦笑混じりに劉備の頭を撫でてやった。しかし、この銀の長髪、非常に手触りが良い。自分とは大違いだ。羨ましい。


「劉備、町の中でも見て回る?」

「ああ、そうだね。でもその前に、今の○○の気持ちを聞きたいかな」


 ○○は首を傾けた。劉備の頭を撫でていた手を降ろすと、彼はその手を掴んで何処かへと歩き出した。
 困惑して劉備を呼ぶが、彼の足は止まらない。かつかつと音を響かせて回廊を歩いていく。

 何処に行くつもりなのだろう。
 それに今の私の気持ちって……まさか悟られている訳でもあるまいし。
 怪訝に彼の背中を見つめ、○○はついて行く。

 劉備は、中庭に出た。彼がこの屋敷の中で一番気に入っている場所だ。
 そこに○○と並んで欄干に寄りかかり、微笑みかける。


「曹操と、何かあった?」


 どきり。
 ○○は目を剥いた。


「何で分かったの?」

「何となく。君が泣くのは曹操が関わっていることくらいかなって。何かあったなら、僕で良ければ話を聞くけれど、」


 ○○は黙り込んだ。関羽と仲の良い彼に話して良いのだろうか、迷う。
 しかし、劉備は優しく促してきた。

 ややあって、○○は頷いた。


「じゃあ、聞いてもらおうかな」

「うん」


 苦笑めいた微笑を浮かべて彼女は口を開いた。



‡‡‡




「そっか……○○は、関羽と仲良くなるのは嫌なのかい?」


 ○○は首肯した。

 劉備は切なげに笑った。彼女の背中をそっと撫でて、


「恋愛と友情は違うって、関定が言ってた」


 と。

 恋愛と友情は違う。
 ○○は劉備の言葉を噛み砕くように反芻(はんすう)する。
 恋愛と友情の間って、分厚い壁でもあるのだろうか。越えられない、高くて分厚い壁が。
 その壁の前には、私と曹操の幼い記憶なんて、脆くて下らないものなんだろうか。
 曹操は関羽と恋に落ちて、私との友情を遮断してしまった。そう言うことなんだろうか。
 また、ぶわりと涙が浮かぶ。

 劉備は○○の背中を撫で続けてくれた。


「曹操も、友達として○○が大好きなんだと思う。でも○○は違うから、それがはっきりと分かって辛いんだよね」


 ○○の《好き》と曹操の《好き》は、種類が違う。
 彼の、○○と同じ《好き》は、関羽に向けられている。同族の関羽に。
 ○○すらも知らなかった彼の秘密。それを最初に知ったのは関羽。

 私は、違う。
 私には話してくれなかった、曹操の血。
 ○○は俯いた。

 ぽたぽたと涙が零れて服を濡らした。


「……こんなことを言うのは間違っていると思うけれど、曹操への想いは忘れた方が良い。関羽と曹操は本当に愛し合ってる。君もそれは分かってる筈だ。曹操だって、君と同じで君との思い出を大事に思っていない筈がない。だから、感情に囚われてそれすらも悲しいものにしては駄目だと思う。友達として、曹操と話せるようになろう? 曹操は君の幼なじみなんだろう?」


 忘れる?
 忘れられる?
 ……無理だろう。
 どれだけ年季が入ってると思うんだ。


「僕も、手伝うから」


 劉備は○○を抱き締めて、そっと頭を撫でた。
 やがて、彼女は嗚咽を漏らす。三度涙を流しながら、彼の胸に額を当てた。



‡‡‡




 ○○は関羽と仲良くするよう、曹操への想いを封印するように劉備に勧められから、曹操と接触するのを避けるようになった。
 一日に姿を何度か見かけるだけで、話すことがほとんど無い。
 それに加えて関羽と少ないながらにまともな会話を交わすようになりもした。その際には必ず劉備がいて、彼女を後押ししていると関羽が言っていた。

 いつも曹操にべったりだった○○。
 それではいけないと感じていたけれど、まさかこんなことになるとは思わなかった。

 ふと、私室の窓から外を見やると、劉備と○○は朗らかに談笑している姿が視界に映り込んだ。
 あの二人が自分と関羽のような関係になりつつあると分かる程、二人をまとう空気は以前と違う。
 劉備が一途に想いを注ぎ、○○もそれを段々と察している。二人を見ると、ありありと知らしめられた。

 それに、胸を刺すような感覚を得る。これが寂寥感というものなのかもしれない。


 今になって、○○の気持ちが良く分かったような気がする。


「どうしたの? 曹操」

「……いいや、少しだけ後悔していた」


 長い間寄り添っていた友人が唐突にいなくなると言うのは、存外寂しく虚しい。
 さすがに嫉妬ではないが、劉備に以前までは自分が向けられていた笑顔が向けられていると思うと、胸に冷たい風が通るような心地だった。○○もこのような感覚だったのだろうか。
 そう思うと、もっと○○に気を配るべきだったのかもしれないと、口惜しく感じた。

 ……まあ、こうなることを願っていたのだし、今更、どうしようもないのだけれど。

 曹操は苦笑を浮かべ、窓から離れた――――。



‡‡‡




「僕、どうしたの?」


 怪我をしていたところに現れた娘は、枝で引っかいた彼の手を見るなり顔を歪めた。


「そっか。怪我しちゃったんだ。痛かったね。でも男の子だから、泣いたら駄目よ」


 優しく声をかけ、頭を撫でてくれた。
 そして、服の袖で血を拭って、所持していた薬を塗りつけた。


「……はい。これで良いわ」

「ありがとう!」

「どうしたしまして」


 娘は笑った。また頭を撫でてくれた。
 胸が暖かくなるような感覚に、彼は頬を赤くして嬉しそうに薬を塗られた指を見下ろす。


「ほら、君は十三支の子でしょう? こんなところにいると、人間の虐められちゃうわ。帰る場所があるなら帰りなさい」


 娘は彼の背中を優しく押してやった。

 彼は彼女に促されるまま、大人しく森の中へと入る。その森を抜ければ、彼の故郷はすぐだ。
 いっしょに帰っちゃだめなのかなあ……。
 そう思って振り返ると、娘はまだそこにいて彼が森の中へ消えていくのを微笑みながら見送ってくれている。

 それが何故か嬉しくて、彼は大きく手を振るのだ。

 娘も、手を振り返してくれる。


 彼女の笑顔を見ていると、胸がぽかぽかとして、幸せ気分になる。
 それが何なのか、あたら幼い彼は分からない――――。



●○●

 綾莉様リクエストです。

 劉備と夢主が会ったのはほんの四・五年前です。放浪癖のある彼女はふらりと幽州まで来て邂逅したのでした。
 劉備は夢主のことははっきりと覚えていますが、夢主は劉備の姿が全く違うので分かっていません。

 劉備は愛でてます。もうすぐだと思ってものっそ夢主愛でてます。冷却期間とか言って夢主が曹操に会わないのは劉備の仕業です。
 今度は曹操がもやもやすれば良いと思います(真顔)

 綾莉様、リクエストをありがとうございます。
 リクエスト内容のように最後の最後で結局完全にくっついてはいないんですが……記念になればと思います。

 この度は、企画に参加いただいて本当にありがとうございました。

 なお、お持ち帰りは綾莉様のみとなります。



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