零様
†リクエスト内容
劉備。
夢主は曹操の妹。
文字数の関係で詳しい設定は省略しています。 兄様は冷たい人です。
誰も近付けないし、その心底(しんてい)を明かすことだって、無いのです。
……私に、すら。
私は兄様とは異母兄妹。母親が違うから、私を避けられる。私は、もっと兄様とお話したいし、兄妹として仲良くなりたい。兄様はそんな風には思ってくれていないのでしょうか。それが、とても寂しく思います。
どうしたら、兄様は私と仲良くして下さるのかしら。
……そうです、十三支です。
十三支をもっと利用しやすく出来たら、兄様は喜んで下さるかもしれません。
喜んで下さったら、妹として私と仲良くして下さるかもしれません。
兄様とお仲良く茶が出来るその光景を想像した時、私は決断しました。
「あのぅ……」
思い立ったが吉日と、十三支の陣屋に単身乗り込みました。十三支達に不審に思われないように、曹操の妹として挨拶をするという名目で。
しかし、陣屋には誰一人として十三支はいらっしゃいませんでした。私は仕方なく天幕の中をそっと覗き込みました。すると中には一人、髪の長い女の子が。彼女は私に驚いて、こてんと首を傾げました。
「ええと……あなた、誰?」
「私、○○と申します。曹操の妹として、十三支の方々にご挨拶をせねば、と」
「ご、ご丁寧にどうも……わたしは、関羽よ」
関羽……この方が、十三支の中で際立った強さを持っているという娘なのでしょう。私よりも年下であるのに、戦えなければ頭もよろしくない私とは大違いです。
「関羽さんですね。これから、よろしくお願い致します。この陣屋には、関羽さん以外いらっしゃらないのですか?」
関羽さんは頷きました。曰く、彼女が買い出しで陣屋を離れていた間に、皆黄巾族討伐に駆り出されてしまったのだそうです。
「でしたら、また出直しましょう」
「ごめんなさい。折角挨拶してくれたのに……」
関羽さんが申し訳なさそうに頭を下げられるのに、私も一礼しました。
今日は、間が悪かったようです。また後日改めて作戦を実行することにします。私は早々に陣屋を立ち去りました。
それが、私が初めて十三支と接触した日でした。
‡‡‡
私、強くなろうと思います。
十三支の方々とご挨拶を済ませて数週間経った頃、そう思って、十三支の方々に指南を依頼致しました。
ですが、私が人間だからでしょう。世平様も関羽さんも渋面を作られて首を縦に振っては下さいませんでした。
私が強くなろうと思いましたのは、何も今に始まったことではありません。
随分と昔から、そのように考えておりました。夏侯惇様も夏侯淵様も大変お強く、兄様を支えていらっしゃいます。それが、羨ましいのです。
何も満足に出来ないから、何か取り柄を持って兄様のお役に立ちたいのです。
夏侯惇様も夏侯淵様も、十三支の方々もそれだけは止めろと仰います。
では、私はどうすればよろしいのでしょう。
裁縫も料理も、兄様の役には立ちません。私は何を以て兄様を支えられるのでしょう。
何か、兄様の役に立てれば、きっと仲良くして下さると思うのに。
十三支の方々を利用しやすく――――そう思っていたのもほんの一時です。
十三支の方々は、屋敷の方々とは全く違うのです。ここでは、とても和やかな空気があって、温かいのです。お母様にも向けられなかったものが、ここにいると身近に感じる気が致します。
気が付くと十三支の方々のお傍は心地良い場所になっていました。
「今日は劉備のところに行こうと思うの」
「劉備様のところにですか?」
陣屋を訪れますと、甘くて香ばしい、とても良い匂いがします。
その匂いは天幕から出てきた関羽さんの持った包みから発せられていました。何かと問えば、劉備様に作られたのだそうです。
劉備様は十三支の長なのだそうです。何度かお会い致しましたが、年の割に幼く、純粋な男の子です。私にも遊ぼうとお声をかけて下さって、とても無邪気でお優しい方。
「○○も一緒にどうかしら」
「ですが、私は昨日張飛様や関定様とお会い致しました。あまり兄様の妹の私が頻繁に十三支の長とお会い致すのは、お嫌ではございませんか?」
「そんなことは無いわ。劉備だって、○○と一緒に遊ぶのがとても嬉しいみたいだもの。たまに、○○だけでも遊んであげて?」
関羽さんのお言葉は、とても嬉しいものです。
私は頷きました。
「それでは、ご一緒致します。けれど、武術のご指導は……」
「だ、だから、それはあなたは止めておいた方が良いと思うわ。その……多分、無理でしょうし」
ああ、やはり断られてしまいました。
‡‡‡
「あっ、○○!」
関羽さんに従い、劉備様のお部屋を訪ねますと、劉備様は私を見て晴れやかに笑って下さいました。この屋敷では久しく見ていない純真な笑顔、まるで花のようです。
「関羽といっしょに、あそびに来てくれたの?」
「はい」
劉備様はお優しい方です。この方と一緒にいますと、とても安らぎます。
「劉備。今日はお菓子を作ってきたの」
「ほんとっ?」
「食べるー!」と、元気良く関羽さんと私の腕を引いて、彼は寝台へと招いて下さいました。
その姿に、関羽さんは安堵します。やはり、劉備様が兄様の屋敷にいることを、とても心配なさっているようです。劉備様は十三支の中心です。無理もありません。
「では、私はお茶を入れて参ります。少々、お待ち下さいまし」
「あ、わたしも手伝うわ」
「いいえ。大丈夫です。すぐに戻って参りますわ」
関羽さん達十三支は、洛陽の民はもちろん、屋敷の者に疎まれています。不用意に歩かせてしまっては、関羽さんが傷ついてしまいましょう。それはいけません。
私は足早に部屋を辞しました。
「○○、早く帰ってきてね」
劉備様に、そのようにお声をかけていただきました。
それが無性に嬉しくて、思わず笑顔を浮かべていると、不意に誰かに呼び止められました。
兄様でした。
「兄様。如何なさいましたか」
「最近やたらと十三支達に接触しているようだな」
「え? ええ……はい。皆様とても良くして下さいます」
兄様と話すなんていつ振りでしょうか。
嬉しいのですが、兄様の様子が少しだけいつもと違います。……漠然と、恐ろしいモノを感じます。
いつもは静かで冷たい方です。ですが、今のように張り詰めた空気はございません。
どうしてでしょうか。
「あの、兄様……」
つと、顎を掴まれました。無理矢理、上げさせられます。逆の手で腰を抱かれ、引き寄せられました。まるで男が女にするかのような行為です。ですが、彼は私の兄。そんな関係になる筈もありません。これはきっとお戯れの――――。
背筋を、ぞっと冷たいモノが走りました。
「いや……!」
私は兄様を突き飛ばしました。大急ぎで走り去ります。
生まれて初めて、私は兄様に恐怖を抱いてしまいました。
‡‡‡
私は兄様の顔を忘れるかのように、劉備様や関羽さんとの会話に没頭しました。私がお淹れしたお茶を飲みながらお菓子を食べたり、将棋で勝負をしたり、とにかく、兄様のことを頭から追い出したかったのです。
そして夕方になって関羽さんがお帰りになった後、私は部屋に残ったのですが、眠ってしまった劉備様につられてしまいました。
気付いた時には部屋は真っ暗で、私は誰かに頬を撫でられていました。
――――兄様かもしれないと思った瞬間、恐怖が勝ってがばりと起き上がり、相手を驚かせてしまいました。
兄様ではありません。劉備様でした。
「あ……ご、ごめんなさい、劉備様」
「……ううん。僕の方こそ、起こしてしまったね」
……あら?
私は首を傾けました。
劉備様が、おかしいのです。
劉備様は幼い方です。それなのに今の、微かな月光を背に浴びて、表情がよく見えない劉備様は、落ち着いています。大人びているのです。
どうしてなのでしょう。
「劉備様……ですか?」
「僕だよ。……ごめんね、驚かせてしまったかな。いつもとは違うから」
「ええ……何だか、大人びているように思います」
劉備様は私の手を握りました。顔も近付いてきます。ああ、ですが、お顔が分かりません。暗くて、見えません。
「明日には、いつもの劉備に戻るよ。今は、戸惑うだろうけれど、このまま僕と話してもらえないかな」
「え、あ、はい」
「ありがとう。それじゃあ……何かあったのかい?」
ぴたりと頬に手が触れ、私は身体を強ばらせました。兄様の所為です。
「あの、私……」
「嫌なことかな。頬に触ると、身体に力が入ってる」
「い、嫌なことは、何も……」
兄様が、私にしたこと。
思い出すだけで、恐ろしさがこみ上げます。
兄様が何をすつるつもりだったのでしょう。……考えたくないかもしれません。
明日から、どのような顔をして会えば良いのでしょうか。
困ってしまいました。
「○○?」
「――――あ、申し訳ありません。何でもありませんわ。どうかお気になさらず」
首を左右に振りますと、彼は不意に私と距離を詰めてきます。ぐんと顔が、近付いてきて――――。
「!!」
私は後ろに仰け反りました。
「な、何ゆえ近付くのですか……!」
「○○は、おまじないは信じる方?」
突然の質問でした。
私はえっとなって数度瞬きしました。
「おまじないは……信じると言うより、興味はございます」
「じゃあ、おまじないをしてあげる。君から、心配事が無くなるように」
それは一瞬のことでした。
劉備様の顔が急に接近してきたかと思うと、唇に何か、柔らかい物が当たったのです。
私は思考が止まってしまいました。
今、私は何をされたのでしょう。
あの温かくて柔らかくて湿った物……。
唇に触れた、それは。
まさか!
「――――」
顔が爆発しました。いえ、決して大袈裟ではありません。
「あ、な、何を、今……!」
「今のはおまじない、だから」
私が狼狽しておりますと、劉備様の身体が急に傾ぎました。私の身体にもたれ掛かります。
私は小さく悲鳴を上げてしまいましたが、彼が寝息を立てていることに気付きました。
「ね、寝て……」
あどけない、とても無防備な寝顔です。気持ちよさそうに寝ています。
そこにさっきまでの劉備様のお姿はございません。
ですが、今私の口に《あれ》を押し当てたのは確かに、この劉備様で。
私は火照った頬を押さえ、劉備様を呆然と見下ろしました。
確かに、その時の私の頭には兄様のことは頭にありませんでした。
ですが、その代わりに、別のことが頭から離れそうにありません。
○●○
零様リクエストです。
主人公の性格をどうするかで色々考えた結果、私にしては珍しい敬語の文体になりました。
曹操の妹ということで、異母妹として、彼とは違う環境で育ったことを強調……出来てたら良いなあ。
曹操に似た性格の方も考えたのですが、書く時にどちらにするか考え、似た場合がしっくり来なかったのでこちらになりました。
曹操については深く語らないことにします。
零様、この度は企画にご参加下さり本当にありがとうございます。
お気に召していただければと思います。
これからも、子夜春歌をよろしくお願い致します。
お持ち帰りは、零様のみとなります。
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