蒼空様
†リクエスト内容
劉備。
猫族嫌いな混血夢主。
文字数の関係により、詳しい設定は省略しています。「な……なん、で」
震える声が鼓膜を刺激する。
凄絶な痛みの中、関羽の声よりも猫族の声よりも何よりも、彼女の声がはっきりと聞こえていた。
薄く目を開ければ、ぼやけた視界の真ん中で、彼女は座り込んでいる。何歩か後退したのだろう。劉備達とは、刺された時よりも離れてしまっていた。得物は彼女の手から落ち、地面に転がっている。
きっと彼女は泣きそうな顔をしている。彼女は悪くない。悪くない。悪いのは、彼女を取り巻いた世界だ。
彼女は心根が純粋な、愛らしい人なのに、周囲が無理矢理歪ませてしまったのだ。
彼女はとても寂しい人。
劉備は関羽の腕の中から立ち上がると、制止の声も聞かずにまろびながら彼女のもとへ歩み寄る。だが、途中で転んだ。
地面に身体を打ち付けながらも、彼は膝立ちになって彼女に近付いた。
彼女は動かない。ぼやけた視界でははっきりとは顔が分からない。
けれど、見えにくいながらに伸ばした手が運良く頬に触れた瞬間、びくんと大きく震え、掌が僅かに濡れてひやりと体温を奪う。
「……あ、」
「だいじょ、ぶ」
僕がいるよ。
口は動く。
だが、それに声が伴われていたのか、分からない。
確かめる前に、意識は黒に塗り潰されたから。
‡‡‡
十三支なんざ、大嫌いだ。
自分にあいつらの血が流れているのもおぞましい。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
十三支なんざ、滅んでしまえ。
その方が世の為だ。あんな存在、不要だろ。生きていて何の役に立つ?
「○○っ」
「……ん?」
○○は足を止める。
後ろからぱたぱたと駆け寄ってくるのは関羽だ。偃月刀を抱えて、周囲の様子を窺いながら○○に近付いてくる。
「どうした?」
「劉備が何処にいるか知らない?」
「あたしが知るかよ。あんたがいつも一緒にいんじゃねぇか」
冷たく言ってやると、関羽はしゅんとなって謝罪する。○○と似た色合いをした猫の耳が倒れた。
「ご、ごめんなさい。ちょっと目を離した隙に何処かに行っちゃって……」
「別の場所捜してくるわ」とくるりと身を翻す彼女の首に、一瞬だけ刃を突き立ててやろうかと思う。しかし、懐の匕首に触れた直後止めた。
彼らにとって、長の存在が第一だ。十三支の娘一人を殺すよりも、長を殺した方が面白い。十三支を殺すのなんて、その後で良いじゃないか。
○○は関羽の背中を睨みつけ、再び歩き出した。
刹那である。
物陰から飛び出した生き物が○○に飛びついた。
「うぉ!?」
よろめきかけたのを何とか踏ん張って堪えて抱きついてきた影を忌々しく見下ろした彼女は、次の瞬間には毒気を抜かれた。
全体的に白い十三支の少年だ。
「……劉備――――様」
呼び捨てにしそうだったのを誤魔化して○○は劉備の身体を剥がす。
「何ですか、あたしは散歩で忙しいんですけど」
けんもほろろに言っても、劉備は笑顔を浮かべて、
「あそぼう!」
「嫌です面倒臭い」
即座に斬り捨てる。
途端に劉備は頬を膨らませた。
……苛立つ。
「関羽が捜してましたよ。遊ぶんだったら関羽と遊んで下さい。あたしは忙しいです」
「じゃあ、じゃあ、○○と散歩行く!」
「あたしは一人が良いんです。――――って勝手に手繋がないで下さいませんかね!」
ばっと振り払おうとしたが存外強く握られており、外れない。
○○は舌打ちした。
「劉備様。あたしは一人が好きなんです。一人で散歩がしたいんです。あんたの頭は空っぽじゃねぇんだから分かるよな?」
「一人はさびしいよ。みんな一緒の方がたのしいよ?」
「そりゃあんたらの感覚。あたしの感覚だとそうじゃないんです。だから手を離して下さい」
が、劉備は両手でがっちり掴んでくる。振れもしない。
○○は口角を震わせた。猫耳がぴくぴくと震え、毛が若干逆立っていた。
そうだ、○○が偶然隠れ里近くで耳を切り落とそうとした時、こいつはこうやって止めてきやがったんだ。そうして、無理矢理十三支の隠れ里に連れて来やがって――――。
劉備がじっと見上げてくるのに、○○は殺気立つ。
すると彼はびくんと身体を震わせて泣きそうに顔を歪めるのだ。
……しまった、やりすぎた。ここで泣かせてしまっては○○が叱られる。非常に面倒なことに十三支全員から怒られる。
それに加えて、劉備の泣き顔は無条件で○○に罪悪感を抱かせる。厄介な顔なのである。
○○は殺気を抑え、やおら嘆息した。
「……分かりました。少しだけですよ。関羽に会ったら関羽について行って下さい」
「……うん!!」
泣きそうな顔から一転、花が咲いたように笑う彼に、○○は舌を打った。
‡‡‡
このままだと自分が危ないと感じたのは、いつからだろうか。
徐々に馴染んで毒気を抜かされていく自分が恐ろしく感じたのはいつだろうか。
この耳を斬り落とすことに恐怖を抱いたのは何故だろうか。
――――彼を殺すことに嫌悪感を抱いたのは何故だろうか。
これ以上あそこにいてはいけないと消えそうだと足掻いた憎悪が警鐘を鳴らした。
変わってしまえば自分は死ぬのだと、奥底の本能的な恐怖を憎悪は報せた。
だから、逃げた。
だから、斬った。
かかわり合いになることを止めた。
その果てが――――これだ。
「あ゛……ぁぁ……!!」
関羽と曹操を殺そうとした。理由は自分と同じ混血だから。
だが、彼女の凶刃が感の胸に突き刺さることは無く。
突然現れた白い壁に突き立てられた。
白い壁――――劉備の、腹に、深々と。
一瞬、意識が消えた。
気付いた時には自分は彼らから数歩離れ、地面に座り込んでいた。
自分が劉備を刺した事実をゆっくりと理解する。
「は……はは、は……!」
笑いが漏れた。
そうだ……自分は最初は劉備を殺したかったのではなかったか。
そうして十三支に言いしれぬ絶望を味わわせて、それで自分の心は満足する。
その、筈――――だのに!!
「はは……は――――っあ゛あぁあああぁぁああぁぁ!!」
発狂したように○○は叫ぶ。
何故だ。
何故だ。
何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ!
何故こんなに胸が痛む?
何故こんなに苦しい?
おかしいだろう。もう、もう、自分は割り切っていたじゃないか。
だのに何故、劉備を斬ったこの手が震えている?
違う。
あたしの望みは叶ったんだ。
だったら、この感情はおかしいだろう!!
「……○○」
「っ!?」
気付けば劉備が目の前に来ていた。周囲が彼を呼び止めるので騒いでいるのに、全く気付かなかった。
○○は後ろに仰け反った。怯えたように震えた。逃げたいが、身体が言うことを聞かない。
劉備は膝立ちになって○○の頬に手を伸ばした。彼の金の瞳は、焦点が合っていない。
それでも、彼の手が、触れる。自分でも驚くくらいに大きく身体が震えた。
「……あ、」
「だいじょ、ぶ」
劉備は目元を和ませ――――口を動かした。
「僕がいるよ」
劉備の声は○○の鼓膜を震わせ、神経を伝って頭へと浸透していく。
震えが止まった。ざっと水をかけられたように全身が冷めていった。
「うあ、ぁ……あっ」
劉備が力を失い、○○の身体に倒れかかる。
○○の黒の双眸からぶわりと涙が溢れ、ぼろぼろとこぼした。温かな雫は劉備に雨のように降り注ぎ、彼の服を濡らした。
直後、甲高い慟哭が空気を震わせる。
『僕がいるよ』 ○○の頭には、彼の声だけが反響していた。その目は、劉備だけを捉えている。その手は劉備の小さな手を堅く握り締めている。
彼女は哭(な)きながら、ただ一言「逝かないで」と呟いた。
彼女は気付いているだろうか。
握り締めた小さな手が、弛く握り返していることに。
‡‡‡
「○○!」
腰に抱きついた劉備に、○○は困ったような顔をした。
それでも嫌がる素振りは全く無くて、以前のように冷たい態度も取らなくなっている。
可愛らしい耳が無くなってしまったのがとても残念ではあるが、それでも嬉しい。
「ねえ、○○。これから散歩に行かないかい?」
「……あんた、意識が」
「うん。でもまたすぐに消えてしまうよ」
「そうかい」
素っ気ない声だ。
しかし、その影で残念そうな響きもあった。
それだけで嬉しくなり、劉備は腰の腕に力が籠もる。
「○○」
「何だよ。つか、歩けねぇ」
「愛してるよ。僕は、ずっと傍にいる」
固まる。
劉備が微笑むと、○○は彼からすっと目を逸らす。
「……ん。知ってる」
あたしもそうだから、分かってる。
微かに、本当に微かに聞こえたその言葉に、劉備は嬉しそうに笑った。
○○は劉備の頭を撫でると、顔を赤らめて鼻を鳴らした。
それは、彼女の照れ隠しである。
「劉備」
「なに?」
「……感謝してるよ」
その後に続いた、小さな謝罪。
劉備は彼女の手を取って、その甲に口付けた。
それにまた、○○は顔を赤らめるのだ。
劉備は、○○の顔を見上げて笑う――――。
○●○
蒼空様リクエストです。
短編の『俺』主に似た感じの夢主ということで、大変不安定な子にしています。あとなかなか素直になれない性格です。
猫族に対する憎悪は簡単には消えないでしょうが、そこは多分愛の力で!(^-^)
初めまして、蒼空様。リクエストをありがとうございます。
折角の設定を生かしきれているか不安なのですが、お気に召していただければと思います。
ありがたいお言葉、恐縮です。嬉しくて嬉しくて思わず何度も見返してニヤニヤしてしまいました。
一万打企画に参加していただき、ありがとうございました。記念になれば幸いです。
この度は本当にありがとうございました!
なお、お持ち帰りは蒼空様のみとなります。
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